ところが、今日の事情は大きく変わっています。例えば、官民の間でジェネリック医薬品(後発医薬品)を普及・促進する動きがあり、その影響を大きく受けて利幅が減っている。また、2年に1度、改定される薬価(薬の公定価格)では、メーカーには厳しい状況が続いており、さらに毎年の改定に変えようという動きもあります。

 17年には、クレハでも抗悪性腫瘍剤「クレスチン」の製造・販売を中止することを決定しました。こうした事態は、かつては考えられなかったことです。会社を取り巻く環境が大きく変わった以上、利益構造を変えないと生き残ることができません。

――かねて小林社長は、「近年は社員一人ひとりのアイデア創出力が落ちている」と危機感を抱いているそうですが、なぜそう感じるのですか。

 社内では、研究所の再構築も含めて、さまざまな改革プロジェクトが動いていますが、いまのところPGA樹脂に続く新しい事業が生まれていないからです。

 そうした中で、業績を悪化させることなく、どのようにしてクレハの将来を担う事業を生み出していくか。いかに、時代に合わせた転換を図っていくのか。12年に社長になってから、ずっと考えてきました。やはり、仕事のやり方を変える必要がある。

 就任以来、パッションとスピードの重要性を訴えてきました。後から、コミットメントを加えて、現在ではパッション、スピード、コミットメントというスローガンを何度も何度も繰り返しています。とりわけ、今日のクレハに不足しているのは、スピードです。

米ハリバートン社の
独占販売契約を断る

――小林社長は、ご実家が商売をされていたそうですが、そうした育ちは経営者になってからの考え方に何か影響を及ぼしていますか。

 実家は、呉服店でした。現在は、兄が家族で切り盛りしています。

 そう言えば、小学生だった頃のことが鮮明に記憶に残っています。夜中にトイレに起きると、父と母が資金繰りの話をしていました。「3日後に支払いがある」「しかし、銀行にはお金がない」などと話しているのを聞いて、当時はその深刻さなどは理解できませんでしたが、大変そうであることだけは分かりました。日常的に、売るための努力をする両親の背中を見て育ちましたから、影響は確実にありますね。