わずか21歳にして
ガンバ大阪をクビに

 2001年、青と黒の縦縞のユニフォームをまとった嵜本の姿は、グリーンのピッチの上にあった。高校1年の時にガンバ大阪のスカウトの目に止まり、19歳で入団を果たした。「ずっと憧れてたサッカー選手でしたから。それに同期の間でも、最初に公式戦に出たのって僕だったんですよ」と当時を振り返る。

ガンバ大阪時代の嵜本

 前線のアタッカーとして将来を嘱望され、好調なスタートを切ったものの、長くは続かなかった。入団当時、「鶏ガラ」と監督にニックネームを付けられるほど体の線が細く、2年後に戦力外通告を受けてしまう。

「はっきりと感じた。全然レベルが違う。このまま続けても活躍してお金を稼げるプレイヤーにはなれない」

 選んだのは、引退だった。

 当時の年齢は21歳。“サッカーだけ”だった嵜本からすれば、あまりに苦しい決断だった。

「客観的に見て通用しなかっただけ。諦めきれなくてダラダラ続けていても、選手として衰退していくだけだと思った」。嵜本はあっさりと言ってのける。


 わずか21歳で「クビ」を経験した嵜本。その後、当時JFLに所属していた佐川急便SCを経て、次なるフィールドに選んだのは、父と兄2人が営んでいたリサイクル業だった。

 選手時代から、家族の仕事の話を聞いており、徐々に興味が湧いた。「その人にとってまったく価値のないものが、価値を見出してくれる人のところに持っていくと何倍にも変わる。それって面白い」と感じたという。