新しい媒体として注目される「デジタルサイネージ」

季里 絵本動画は、今までになかったメディアを使って、それに合った新しい表現を作り出すことが求められます。今回も最初は手探りで、相当悩みながら何度もやり直して作り上げていったんです。

 私がクリエイターたちに伝えたのは、まず「言葉を大切にしよう」ということ。それから、表紙がとても素敵だったので、動画に共感した人がたまたま書店で『希望をはこぶ人』を目にした時に「ひょっとしてあのアニメーションはこの本のことかな」と思ってもらえるように、自然にイメージがつながるようなものにしようということでした。

石戸 世界観を統一することで、おしつけがましく宣伝することなく、書店で「ああ、これだ」と思ってもらえたら素敵ですよね。

――今回の取り組みは、「新聞広告を打つ」という従来の手法を超え、「デジタルサイネージ」という新しい媒体の可能性を探る試みでもあります。

松井 今回とても悩んだのが、デジタルサイネージと一口に言っても、訴求の方法は一様ではないという点でした。人が歩いている街頭に設置されている“チラ見型”と、人が集まる場所でじっくり見せる“滞留型”ではコンテンツの作り方も変わってきます。

 デジタルサイネージで絵本動画を流していただく場合、“チラ見型”のほうが選択肢は多いんですが、“チラ見型”の映像の長さは15秒が理想的と言われているんです。

 でも、最初に作っていただいた絵本動画は1分あって、これを15秒に圧縮するとコンテンツの良さが損なわれてしまいます。たくさんの人に「見せる」ことはできても、これではこの本の世界観を「伝える」ことはできません。

本を通して“希望”のメッセージを伝えたいメディキャスターとは、株式会社メディアコンテンツファクトリーが提供する院内情報表示システム。病院や診療所、クリニックの待合室や受付などにディスプレイが設置されており、全国約430ヶ所に設置されている。
『希望をはこぶ人』の動画は、10月1日から1ヶ月間放映。

 結局、30秒で流せる“滞留型”に絞ることに決め、全国の自動車教習所にデジタルサイネージを設置している「JACLA VISION」と、医療機関で展開している「メディキャスター」で放映していただくことにしました。

 30秒バージョンも、1分の動画と比べれば圧縮はされていますが、最初に志したことを見失わず、世界観は壊さずにやれたと思っています。

石戸 今回のプロジェクトは、新しい表現を開拓したというだけでなく、これまでにないマーケティング手法にチャレンジしたことが大事な要素ですよね。

 よく言われるように、近年、物の売り方が変わってきています。「これは良い本です」というだけでは買ってもらえない時代で、「誰かが本当に感動したんだ」ということが伝わって、それがソーシャルメディアを通じて広がっていくような買われ方が増えているわけです。

 今は、「マスメディアを使って訴求ポイントを端的に訴える」というやり方以外の方法をみんなが模索している段階ですが、マスメディア向けではない以上、コンテンツもこれまでの使い回しではダメでしょう。

 この点、『希望をはこぶ人』という本の性質を考えると、滞留型に特化してコンテンツを作ったのは正解だったと思います。