650年続く「能」の構造は最新のAR(拡張現実)と同じだった!

視野を広げるきっかけとなる書籍をビジネスパーソン向けに厳選し、ダイジェストにして配信する「SERENDIP(セレンディップ)」。この連載では、経営層・管理層の新たな発想のきっかけになる書籍を、SERENDIP編集部のシニア・エディターである浅羽登志也氏がベンチャー起業やその後の経営者としての経験などからレビューします。

「ない」ものを「ある」と想像させる日本独特の表現技法

 京都にある龍安寺の石庭を見たことがあるだろうか。世界遺産にも指定されている有名な日本庭園だ。

 龍安寺石庭は「枯山水」の様式で作庭されている。本物の水は用いず、石や砂を組み合わせて山水の風景を表現している。バーチャルな水面を砂に描き、庭を眺める人の想像力に働きかける手法だ。

 実際には「ない」ものを「ある」と想像させる表現は、日本の伝統的な芸術作品によく見られる。

 文学では、新古今和歌集所収の藤原定家によるこんな和歌が有名だ。

「見渡せば 花も紅葉もなかりけり 浦の苫屋(とまや)の秋の夕暮れ」

「花も紅葉もない」と言い切っているが、それがかえって華やかな桜や紅葉のイメージを読む人の脳裏に浮かばせる。そして下の句では対照的に苫屋(茅や菅を編んだ苫で屋根をふいた粗末な小屋)しかない海岸の、秋の夕暮れの寂しさを描く。

 世界最古の舞台芸術である「能」も同様である。シンプルでミニマムな舞台。どんな演目でも背景は松の絵のみだ。一見無表情な能面をかぶって演じる役者の台詞回しや音曲は、観客の想像をかきたてる。