AIがあらゆる職場に浸透する日も遠くないかもしれません。そんな時代に、私たちに何よりも必要とされるのが「自分の頭で考える力」です。ベストセラー『地頭力を鍛える』で知られる細谷功氏が、主に若い世代に向けて「自分の頭で考える」とはどういうことかについて解説した最新刊『考える練習帳』。本連載では、同書のエッセンスをベースに、「自分の頭で考える」ことの大切さとそのポイントを、複眼の視点でわかりやすく解説していきます。

 

考えることには、多くのメリットがある

 そもそも、考えることには、何のメリットがあるのでしょうか? 

 一般に、考えることは面倒であり、時間もかかり、ある意味で「無理」をしなければならないことかもしれません。でも、そこには計り知れないほどのメリットがあります。1つの側面として、この「考える」という行為には、他のどの行為にもない「汎用性」、つまり、多種多様な場面に応用できるという一般性があります。

 たとえば、「投げる」や「走る」という物理的な行為は(スポーツ選手でもない限りは)一日にあっても数回でしょう。また、「怒る」や「喜ぶ」といった感情に近い行為も、そんなに四六時中起きるわけではありません。

 ただ、この「考える」という行為は、ありとあらゆる場面で(やろうと思えば)ほとんど、すべての行動に伴ってできる行為なのです。だから「考え方」が変わると、すべての言動に変化が出てきます。

 もちろん、これはいい方向もあれば悪い方向もあり得ます。本連載では、それをみなさんにとって「いい方向」に持っていくためのヒントを提供いたします。

 では、具体的にどのようなメリットがあるのか、1つずつ見ていきましょう。

1 世界が変わって見える

 これは、本当に大げさな話ではなく、考えることによる最大の変化だと言えます。もちろん、基本的には「目に見えている」物理的な事象に変化があるわけではありません。赤いものが青くなったり、1つだったものが2つになったり、丸かったものが四角になったりするわけではなく、むしろ「目に見えない」ものが抜本的に変化するのです。

 では、その「目に見えないもの」とは何でしょうか? 

 実は、これが人間と他の動物とを分けている最も大きな差ということが言えます。それが、いわゆる「認識」というものです。1つの事象を捉えても、人によって大きな認識の差が出てきます。

 たとえば、1つのりんごを目にした場合にも「美味しそう」「赤がとってもキレイ」「どこで採れたんだろう?」「何の料理に使えるだろう?」といったように、人による認識は様々です。

 このように、1つの「目に見えるもの」から無数の「目に見えないもの」に思いを及ぼす頭の中の行為が、他の動物に比べて決定的に発達しているのが人間の認識なのです。

  「考える」という行為は、このような認識レベルに劇的な変化をもたらします。様々な目の前の事象からいかに思いを広げ、それを未来に向けていかに発展させていけるか?  これが人間の知的能力であり、その基本となるのが「考える」という行為なのです。

 つまり、人間の様々な悩みや無限の可能性も、すべてこの考えるという行為が握っているのです。目の前に起こっている事象は誰にとっても同じことです。

 でも、そこから一人ひとり違う人生が発展していくのは、ひとえにそれをどう捉えてどのように発展させるのかという個人の思考の結果が反映されているからです。

 では、思考の結果で何が変わるのでしょうか? 

 たとえば、日常的なコミュニケーションに変化が起こります。

 「自分の視点だけではなく、相手からの視点で考えてみる」 「なぜ、相手がそう言っているのか、背景を考えてみる」 「なぜ、相手は自分と正反対の意見なのかを考えてみる」……。

 このように考えるだけでも、単に「理解できないから嫌いだ」という発想が変わってくるかもしれません。

 単純に1つのものを見ても、ポジティブに捉える人とネガティブに捉える人がいるのは、皆さんも日常的に経験済みでしょう。それを「なぜ?」と考えるだけでも、ものの見方に大きな変化が表れてきます。

2 「先が読める」ようになる

 知識や経験が「過去の集大成」だとすれば、考えることはこれから先のことに役立ちます。知識や経験を増やすことの大きな目的は、それを今後の人生に活かしていくことです。

 もちろん、知識や経験を増やすことそのものも人生を豊かにする目的として十分ありえます。しかし、さらにそれを活かすためには考える力が必要です。

 そもそも知的能力とは、なんでしょうか?

 その1つが「一を聞いて十を知る」ことです。先人が積み重ねたことを学ぶのも、それを自分に当てはめて別の機会に役立てることができるからです。自分が経験したことは、学びの源として大きいことは間違いないですが、そこに応用が利かせられなければ全く同じ状況が再度訪れない限り、次に役に立つ機会はありません。

 でも、1つの学びを異なる機会に応用させることができれば、それは大きな武器となります。

 一言で表現してしまえば、動物と異なる人間の武器というのは、このように「個別事象を一般化して様々な場面に応用させる」ことなのです。

 科学技術がその典型的な例です。物理等の法則を学ぶことは、まさに「一を聞いて十を知る」ことです。1つの法則が無数の応用へとつながり、それが様々な新しい技術となって人間の生活を豊かにしていくのです。

 これは、他の動物とくらべて人間が圧倒的に優れている能力であり、ここに「考える力」が大きく貢献しています。

 これにより「過去から未来への類推(先が読める)」が可能になります。過去の知識や経験を活かすためには、経験そのものを増やすことも必要ですが、そこで得た知識を「そのまま」ではなく、いかに一般化できるかどうかです。

 一般化することで、知識や経験を何倍もの形で未来に向かって活かしていけるのです。一般化するためには「考える」ことが不可欠です。

3 「自由に」なれる

 「考えることと自由との間に一体何の関係があるんだ?」と思った人も多いと思います。

 でも、これらは非常に密接に結びついていて、ある意味コインの裏表のような関係になっています。人類の歴史というのは、ある意味、自由の獲得の歴史です。

 たとえば、人間の叡智の象徴とも言える科学技術は、私たちを物理的な制約から自由にしてくれました。乗り物によって距離という制約をなくしたり、火や冷凍技術によって食物を時間という制約から自由にしたり、お金という発明によって物の交換を自由にしたり、あるいは民主主義という社会システムの開発によって独裁者の支配から自由になったりといった具合です。

 これらは、すべて人間が知的創造(つまり考えること)によって生み出したことと言えます。

 どんなに物理的に制約されていようとも、頭の中は自由であるはずです。つまり、これが考えるということなのです。

 まずは、自由に構想することから物理的な制約を取り払うための第一歩が始まります。これが、世界を変える様々なイノベーション(革新)に変わっていきます。

 イノベーションの形は物理的な製品であったり、社会の仕組みであったりと形式は様々ですが、このようにして自由になるための仕組みが整えられていきます。

 一見、自由とは正反対に見える法律や規制などの規則についても、本来はそれらがあることで、実は社会や国家といった集団の中で、より人間が自由になるために考え出されたものであると言えるでしょう。

4 AIとうまく共存できる

 今「考える」という人間の知的能力を語る上で、AIの存在を欠かすことはできません。

 今後のAIの能力の発展の程度については、近い将来に人間を完全に凌駕するというものから、まだまだ当面人間の足元にも及ばないといったもの、あるいは「人間の仕事がほとんどなくなって失業者が激増する」という悲観的なものから、AIと能力を補完し合うことで、さらに仕事が効率化され高度化されてくるという楽観的なものまで、様々な予測があります。

 この議論は、すぐに結論が出るものでもなく、また「人間がどうしたいのか?」といった意思によるものが大きいので、本連載で結論めいたものを語るつもりはありません。

 しかし、本連載の主題である「人間の考える力」という文脈で考えれば、まずは、現状でAIが得意なことと不得意なことを整理したうえで、今後AIに任せればいいことと人間がさらに強化していくことを見極め、そこで「考える力」を養うことの意味合いを、改めて位置づけることが重要だと思います。

 これから述べていくように、「AI時代」においては、これまで以上に、人間の考える力の位置づけは上がることこそあれ、下がることはないでしょう。

 また、前述したように将来のAIとの共存のためには人間がどうしたいのか? という意思が重要です。それを考察していくためにも、考える力の本質を理解し、強化していくことは必須です。

 ここで、現時点でAIが得意なことと不得意なことを、以下に比較表でまとめておきましょう(図表参照)。

 AIでできること、AIではできないこと あくまでも、現時点(2017年10月)でという前提ですが、AIは与えられた問題を解くことはできても、問題そのものを考えることはできません(というよりそういうミッションを与えられていません)。

 囲碁の能力で人間の名人を凌駕したのは、衝撃的なことではありますが、「では、新しいボードゲームを考えよ」という命令を出しても、AIには少なくとも現時点ではなす術もないでしょう。

 逆に言うと、ルールの定義(つまり「問題そのもの」)さえ明確にしてしまえば、あとは、圧倒的な速さでそれを解いてしまうというのが、囲碁でAIが証明してみせたことと言えます。

 ただし、これは「問題」を明確に定義できる場合に限ります。問題の定義が囲碁や将棋のように曖昧さがない状態で定義できれば、それはコンピュータにとっては得意中の得意の領域に入ってきます。

 たとえば、ビジネスにおいて「売上を上げろ」という課題を与えても、一見問題として明確に思えても、取りうる手段の可能性を明確に定義できるものではないので、現状では「変数が多すぎる」(あるいはどこまでが変数でどこからが変数でないかが曖昧な)ために、AIにとっては飛躍的に難易度が高い問題となります。

  「変数」という言葉を使いましたが、ここでいう変数というのは、問題を解くうえでのものの見方というふうに解釈できます。問題の定義=変数の定義ということもできます。

 たとえば、ビジネスで言えば、価格、顧客満足度、ブランドイメージ、従業員満足度、経営陣のマネジメント能力……といったものが「変数」になります。

 これらの変数は、変数そのものを列挙しきることも事実上不可能ですし、変数そのものの定義もデジタルにすることが難しいこともあるため、問題の難易度としては、ボードゲームよりは飛躍的に上がっていきます。

 「問題」は「目的」と言い換えることもできます。ボードゲームであれば「相手に勝つ」(一定ルールの下で)ことが明確な目的です。目的を明確に定義すれば、そのための手段を最適な形で提示するのが現状AIが得意とするところです。

 しかし「目的を考える」ことは、AIはまだできません。したがって「目的を考える」ことも、人間がやるべき重要なことと言えます。

 問題を明確にするということは、何が問題で何が問題でないかを明確にすることでもあります。AIは、境界が明確に定義された「閉じた系」については力を発揮しますが、境界が曖昧な「開いた系」を対象とするのは苦手なのです。

 逆に、AIが得意な領域としては、膨大な知識や量を必要とすることです。囲碁や将棋において、膨大な手数の可能性を列挙して1つずつ検証していくようなプロセスや、弁護士や医師の仕事のように、それまでに積み上げた膨大な事例を検索して最適な解を導き出すことに関しては、データベースの量と検索速度は人間とはまさに「桁違い」です。

 でも、これは、裏返せばAIの弱点にもつながります。

 データや情報が十分にない世界で「行間を読む」ことに関しては、AIは人間に劣ります。人間は、わずかな情報からいわば「勝手に」想像・創造をすることができます。

 AIが得意なことについては、どんどんAIにやらせ、人間は人間にしかできないことに集中することで、私たちの日常が豊かになっていきます。そのための最も強力な武器の1つが「自ら考えること」なのです。

5 仕事や勉強ができるようになり、人生が楽しくなる

 「考える」ことには様々なメリットがあることは、ここまでのお話で理解してもらえたかと思います。

 ただし、考えることによるデメリットもたくさんあります(そもそも絶対的に良いものも悪いものもなく、正しいものも間違っているものもなく、すべては環境や状況次第です)。

 そのようなデメリットも踏まえたうえで、やはり、考えることには大きなプラスがあります。

 究極的に言えば、「考えること」自体が私達の幸せにつながらなければ、一生懸命習得して実践したところで意味はありません。

 つまり、「考えること」が日々の仕事や勉強、あるいは、日常生活を含めた人生そのものに潤いを与え、楽しく過ごせるようになるというのが究極の目標です。

 ただし、それには多少のトレーニングも必要です。それはスポーツや習い事、あるいはダイエットと全く一緒です。

 いざできるようになってしまえば良いことはたくさんあっても、そこにたどり着くためには、今までの習慣を変えたり、そのためにある一定の時間を取って練習をしたりすることも必要になるでしょう。

 では、次回以降で、そのための具体的な道筋を示していくことにしましょう。

細谷 功(ほそや・いさお)
ビジネスコンサルタント、著述家
1964年、神奈川県生まれ。東京大学工学部を卒業。東芝を経て、日本アーンスト&ヤングコンサルティング(株式会社クニエの前身)に入社。
2012年より同社コンサルティングフェローに。ビジネスコンサルティングのみならず、問題解決や思考に関する講演やセミナーを国内外の企業や各種団体、大学などに対して実施している。
著書に『地頭力を鍛える』『まんがでわかる 地頭力を鍛える』(以上、東洋経済新報社)、『「Why型思考法」が仕事を変える』(PHPビジネス新書)、『やわらかい頭の作り方』(筑摩書房)などがある。

※次回は、11月7日(火)に掲載予定です。