台頭する新興国と、守りに入る覇権国がいつしか戦争に突入する要件を、過去500年の事例から分析し、現代の米中関係への示唆を提示した、アメリカ2017年上半期のベストセラー歴史書『米中戦争前夜 新旧大国を衝突させる歴史の法則と回避のシナリオ』。本書の指摘にある、新興国と覇権国それぞれの同盟関係のもつれが戦争を引き起こしかねない、というのも怖いところです。著者のグレアム・アリソン教授はハーバード大学ケネディ行政大学院の初代学長で、政治学の名著『決定の本質』(日経BP社)の著者として知られ、しかもレーガン~オバマ政権の歴代国防長官の顧問を務めた実務家でもあります。壮大な歴史から教訓を得て、米中関係を中心に世界のパワーバランスはどう変わるのか、そしてそのとき日本はどう動くべきか。同書邦訳版の発売を記念して、船橋洋一氏による日本語版限定の序文の一部(第二弾!)をお届けします。

「トゥキディデスの罠」の怖いところは、新興国と覇権国それぞれの同盟関係のもつれが戦争を引き起こしかねないことにある、という点だ。

同盟関係のもつれも戦争のきっかけに

 トゥキディデスは対ペルシャ戦争後、古代ギリシャ世界に勢力圏を拡大し始めたアテネに対するスパルタとその同盟国の不安と疑心暗鬼と反発を描いている。アテネやその同盟国が防壁をもつのを、スパルタとその同盟国は見過ごすわけにはいかなかった。それでも、スパルタは当初は静観しようとした。スパルタの意向を受け、スパルタの同盟国を中心とする諸都市会議は、アテネ使節団代表が会議で演説する機会を与えた。

 代表は、その席で次のように述べた。

 「我々は暴力をもって支配圏を獲得したのではない。諸君がペルシア軍の残留部隊に抗して留ることを希まなかったために、同盟軍は我々を頼りにして、統治権の設立を我々に依頼したのである。そしてまさにこの事態から、初めはとくに恐怖から、ついで名誉のために、そして最後に利益のために、我々は今日までにこの支配圏を統治するようにまず強要されたのである。……一旦、与えられた支配圏を引き受けた以上は、体面と恐怖と利益の三大動機に把えられて我々は支配圏を手放せなくなったのだ』(トゥキュディデス『歴史』小西治雄訳・ちくま学芸文庫、上、69-70ページ)

 彼はここで、同盟国に対する信頼性(クレディビリティー)の重要性を言おうとしている。
 だが、その点に関してはスパルタも同じだった。
 アテネとの軍事対決に慎重だったスパルタを動かしたのは、同盟国に対するクレディビリティーの要素だった。

「主にアテナイ(アテネ)の未曽有の海軍力とペルシア戦に示された彼らの勇気に怖れを抱いた同盟諸都市にそそのかされたからであった」(同、上、79ページ)

 同盟とは、まことに恐ろしい取り決めである。それは、冷厳かつ厳粛な約束事である。
 同盟国は、そそのかす相手ではない。
 こちらも、そそのかされる存在であってはならない。同盟は、互いの国益とリスクを冷静に評価し、戦略的利益をともに追求するため、体を張り、力を合わせる真剣勝負である。

米中戦争になったら、そのとき日本は

 米中、もし戦わば……そのとき、世界のどの国よりも影響を受けるのは日本である。日本は、中国が太平洋に進出するのを阻むバリケードのような形で、ユーラシアの東のオフショアに位置する。その位置は、攻撃的になるか、守勢的になるかのいずれかでしかない戦略的レバレッジを蔵しており、決して中立的な資産にとどまるものではない。ここにアメリカの前方展開の拠点があり、米軍基地があるのは、この地政学的レバレッジゆえである。アメリカは、それによってユーラシアへのパワー・プロジェクション(戦略投影)を極大化し、西太平洋国家としてのプレゼンスを確保している。

 そして万一、米中が戦う場合、日本はアメリカの同盟国として、ともに戦うのか。そのとき、日本は中国のミサイルと核の最初の標的となるだろう。中国は標的をまず日本に絞ることで、アメリカと日本を分断しようとするかもしれない。アメリカは本土を核攻撃にさらしてまで、日本を守るために中国と戦うだろうか。

 それとも、その前に日本は日米同盟を解消して中立の立場をとり、局外に立つことができるのか。そのような曲芸が仮にできたとしても、その後の日本はアメリカから見捨てられ、中国から軽蔑され、恫喝される、戦略的には生ける屍のような存在になるだろう。

 目下、日本においては、米中が日本の頭越しに取引することや米中特殊関係かを恐れる声が強い。トランプの一国主義的姿勢を前に、1971年夏のあのニクソン・ショックの悪夢を思い出す人も多い。
 たしかに、トランプ政権のトランザクショナル(取引的)な志向がもたらすリスクには十分に注意を払わなければならない。その不可測的な言動によるリスクも警戒を要する。日米同盟の義務と価値を損なうような無原則的な米中ディールを、アメリカにさせてはならない。

 しかし、日本にとって最大のリスクは米中野合ではなく米中対決であることを、われわれは知らなければならない。それは、愉快不愉快の情緒や恨みつらみの情念を介入させる余裕などない、冷酷な生存と防衛のリスク計算の領域なのである。