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日本一のチームをつくる
【第3回】 2011年11月16日
著者・コラム紹介バックナンバー
藤井純一 [北海道日本ハムファイターズ前代表取締役社長]

野球界の「旧習」から脱却を目指す
新天地でも変わらない体質――北海道日本ハムファイターズ

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プロ野球とJリーグの両方で社長を務めた初めての男、藤井純一氏による集中連載。第3回は、いよいよ北海道日本ハムファイターズへ。常務執行役員事業本部長として着任した彼が目にしたのは、セレッソ大阪以上の当事者意識の低さだった…。

日本ハムファイターズ、北海道へ移転

 私がセレッソ大阪を去ったのが2004年。同年、日本ハムファイターズは本拠地を北海道に移した。

 ファイターズは長年、東京を本拠地としてきた球団である。それがなぜ、北海道への移転にふみきったのか。それはとりもなおさず、「東京を脱出して起死回生を図る」ためだった。それまでのファイターズのホームグラウンドは東京ドーム。人気球団・読売ジャイアンツと同じ球場だった。

 ジャイアンツに比べて、ファイターズの存在感はあまりに薄かった。巨人戦では埋まる客席が、ファイターズの試合日には閑散としていた。しかも東京ドームの使用料は高額で、集客力のない球団にとっては大きな負担となっていた。

 さらに、2003年には「球界再編構想」がプロ野球界に波紋を広げた。オリックスブルーウェーブとの合併を余儀なくされた近鉄バファローズ。そして弱小球団を解体させチーム数を減らそうとする1リーグ制移行計画。この計画自体は実行に移されることはなかったが、危機感を募らせるに十分な流れであった。そんな中、ファイターズは北海道への移転を実現した。

 こうして北の大地に移転を果たしたファイターズだが、その先行きは極めて不透明なものであった。移転の年の客の入りは上々。新庄剛志、小笠原道大といったスター選手が人気を呼び、ファイターズの試合は道内のニュースにも大きく取り上げられていた。しかし、これが地域に根付くこととイコールではないのは明らかである。

 今と同じ人気をずっと持続させること、今以上に大勢の人にファイターズを愛してもらうこと、10年後、20年後も「私たちの町のチーム」と思ってもらえるようになること。これができてこそ真の意味で北海道に根を下ろしたことになる。しかしこうした持続力は、勢いだけでは手に入らない。戦略と、粘り強さと、そして「どういう球団にしていきたいのか」というビジョン。この三つが不可欠となる。

 しかし当時のファイターズは、そのいずれも持ってはいなかった。

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    藤井純一 [北海道日本ハムファイターズ前代表取締役社長]

    1949年大阪府生まれ。近畿大学農学部水産学科卒業後、日本ハムに入社。京都・奈良の営業所を経て、本社へ。営業企画、広告宣伝を経て、1997年、Jリーグクラブのセレッソ大阪(大阪サッカークラブ株式会社)取締役事業本部長に就任、2000年に同社代表取締役社長。
    一旦本社に戻った後の2005年、株式会社北海道日本ハムファイターズ常務執行役員事業本部長に就任。翌年より代表取締役社長。日本一(2006年)という成績面だけでなく、経営の黒字転換、本拠移転からの地域密着という難しいミッションを中心的に進めた。現在は、近畿大学経営学部教授。


    日本一のチームをつくる

    2004 年、日本ハムファイターズは、本拠地を札幌ドームへ移転した。そのファイターズに黒字転換と地域密着というミッションをもって送り込まれたのが、以前にJ リーグのセレッソ大阪の社長を務め、赤字だったクラブの経営を軌道に載せた藤井純一である。
    彼はセレッソ大阪での経験を生かし、様々なアイデアを繰り出した。その裏でコスト削減にはより厳しい目を持った。その結果、2006 年以降、観客動員数は160 万人、183 万人、187 万人、199 万人と増え続けた。そして、2006 年の日本一を経て、チームも強豪に変貌した。
    本稿では、藤井氏が北海道日本ハムファイターズで地域密着のミッションを成功させた軌跡、それを支えたセレッソ大阪での経験の一部を紹介する。

    「日本一のチームをつくる」

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