日本の上場は、昔の「元服」と似ている

村上:上場する前は自分の身長が去年よりどれくらい伸びたのか、過去の自分との比較で評価されていたのが、上場した途端、他人との相対的な評価になって、お前より身長高いやつなんていくらでもいるよって言われてしまうことのギャップはありますね。

小林:確かに、急に絶対値から相対値に変わるっていうのはあるね。LAに大手機関投資家の名物ファンドマネジャーの方がいるんやけど、彼の場合、アリババやFacebook、テンセント、Amazonなどのグローバルテック企業にすでに投資している。そんな彼に経営者やCFOが会いに行くと、「彼らと比べて、あなたがたは一体何がすごいのか説明して」と言ってくる。オリンピックでメダリスト予想するときに、ボルトやフェルプスみたいな有力メダル候補がごろごろいる中で、「え?日本の選手?何の競技?」っていう感じ。グローバルテックの人からすると、会社はそれくらいの相対感で見られているということやね。

朝倉:なかなか大変ですよね。VCから出資を受けて良い関係を築いていたスタートアップだと、上場前は周囲から温かく応援されていたのに、上場するとシビアな現実を突きつけられてしまう感じはするのかなと。

村上:日本の上場って、昔の元服みたいな感じかな。ある日を境に急に大人として見られてしまう。それまでは子ども基準で見られてたのが、急に他の武士と比較して立派な功績あげないといけない。もちろん期待も大きいんだけど、それに答える素地が十分に仕上がっているとも限らない。不釣り合いな状況に置かれかねない。

資本市場との付き合いで生じるジレンマ

朝倉:よく上場企業って「3つの市場にさらされている」って言うやないですか。財市場と労働市場と資本市場の3つ。財市場で自社の商品が他の会社より魅力的かどうかを比べられるだとか、労働市場で自分たちの会社の職場環境が他の会社よりも魅力的に映っているかどうかっていうのは、よく分かると思うんですよ。ただ資本市場ってその2つに比べると、感覚的には少し分かりにくいんじゃないかと思うんですよね。

村上:確かに、ほとんどの人は資本市場と向き合った経験ってないわけやしね。

朝倉:業績も悪くないし、利益だって出ているのに、マーケットが織り込んでいた水準まで達していなかったばかりに、株価が落ちたり、株主がめちゃめちゃ怒っていたりするのを見て、「なんでなん?」と思ってしまうのも無理はないでしょうね。自分がコミットしていたわけでもないのに、アナリストや投資家から過剰に評価されて、その結果怒られても、「それは、みなさんが自分で考えてご自身のリスクの下で買ったんちゃいますか」と感じてしまう部分も、感情としてはどうしてもあるのかなと。

 本来、そういった市場の期待値をコントロールすることも含めて経営者の責任ではあるんでしょうけどね。

村上:資本市場はグローバルやしね。上場によって、突如異文化コミュニケーションが求められる、みたいな。アイデンティティを問われて、急にスケールも文化もまったく違う世界で、勝負しないといけない。

小林:こうしたステージ感の変化っていうのは多くの会社が共通して経験することでもあるし、課題が山積してるんじゃないかな。

 上場するまでは、自分たちのことをよくわかっている投資家、言い換えると、自分たちに好意を持った理解力のある人と話してたのが、上場してからは急に会ったこともない多数を相手にしなきゃいけなくなる。しかも、上場した直後は規模や流動性の関係からロング投資家がガッツリ入る可能性はほぼないから、短期目線の投機的な投資家も少なくない。極端なケースだと、そういった人たちから「上がんの?下がんの?」みたいに聞かれて「なんでこんな事ばっかり聞かれなあかんねん」ってなってしまうのかなと。こういう考え方のギャップが生じるような場面はなんとかしていきたいですね。

*次回【ポストIPについて Vol.2】「目的なく上場して戸惑うスタートアップは、頭のよい東大生が就職でふと悩むのに似ている」に続きます。

*本記事は、株式公開後も精力的に発展を目指す“ポストIPO・スタートアップ”を応援するシニフィアンのオウンドメディア「Signifiant Style」で2017年9月14日に掲載された内容です。

スタートアップが上場後、単なる「1銘柄」として直面する現実<br />【ポストIPOについて Vol.1】朝倉祐介  シニフィアン株式会社共同代表
兵庫県西宮市出身。競馬騎手養成学校、競走馬の育成業務を経て東京大学法学部を卒業後、マッキンゼー・アンド・カンパニーに入社。東京大学在学中に設立したネイキッドテクノロジーに復帰、代表に就任。ミクシィ社への売却に伴い同社に入社後、代表取締役社長兼CEOに就任。業績の回復を機に退任後、スタンフォード大学客員研究員等を経て、政策研究大学院大学客員研究員。ラクスル株式会社社外取締 役。Tokyo Founders Fundパートナー。


スタートアップが上場後、単なる「1銘柄」として直面する現実<br />【ポストIPOについて Vol.1】村上 誠典  シニフィアン株式会社共同代表
兵庫県姫路市出身。東京大学にて小型衛星開発、衛星の自律制御・軌道工学に関わる。同大学院に進学後、宇宙科学研究所(現JAXA)にて「はやぶさ」「イカロス」等の基礎研究を担当。ゴールドマン・サックスに入社後、同東京・ロンドンの投資銀行部門にて14年間に渡り日欧米・新興国等の多様なステージ・文化の企業に関わる。IT・通信・インターネット・メディアや民生・総合電機を中心に幅広い業界の投資案件、M&A、資金調達業務に従事。


スタートアップが上場後、単なる「1銘柄」として直面する現実<br />【ポストIPOについて Vol.1】小林 賢治  シニフィアン株式会社共同代表
兵庫県加古川市出身。東京大学大学院人文社会系研究科美学藝術学にて「西洋音楽における演奏」を研究。在学中にオーケストラを創設し、自らもフルート奏者として活動。卒業後、株式会社コーポレイトディレクションに入社し経営コンサルティングに従事。その後、株式会社ディー・エヌ・エーに入社し、取締役・執行役員としてソーシャルゲーム事業、海外展開、人事、経営企画・IRなど、事業部門からコーポレートまで幅広い領域を統括する。