いま、「美術史」に注目が集まっている――。社会がグローバル化する中、世界のエリートたちが当然のように身につけている教養に、ようやく日本でも目が向き始めたのだ。10月5日に発売されたばかりの新刊『世界のビジネスエリートが身につける教養「西洋美術史」』においても、グローバルに活躍する企業ユニ・チャーム株式会社の社長高原豪久氏が「美術史を知らずして、世界とは戦えない」とコメントを寄せている。そこで本書の著者・木村泰司氏に、知っておきたい「美術」に関する教養を紹介してもらう。今回は、アメリカで美術館文化が根付いた理由について。

なぜアメリカ人は、美術品を買い漁ったのか?

 19世紀末に経済的に発展を遂げ、20世紀には世界一の経済大国となったのがアメリカです。19世紀後半以降のヨーロッパの文化は、芸術、ファッション、そしてワインでさえも、このアメリカ人が有する莫大な富により支えられることになります。

 アメリカ人がヨーロッパの美術市場に影響を与え、そして牽引していくようになるのは19世紀後半になってからのことでした。南北戦争(1861~65年)終結後のアメリカは繁栄期を迎え、アスター、ヴァンダービルト、モルガン、ロックフェラーなどの大財閥が台頭。経済的にはヨーロッパの一歩先を歩むようになっていきます。そして、国内がまとまり落ち着いた19世紀後半以降、アメリカ人はその莫大な富の力で美術品のみならずアンティークの家具や美術工芸品を買い漁りました。

 その背景にあったのは、純粋な芸術・文化に対する憧憬です。ヨーロッパ、とくにフランスの文化へのコンプレックスがあった多くのアメリカ人は、フランスの文化レベルの高さや優雅さに圧倒され、憧れたのでした。そしてアメリカ人は、ルネサンスやバロック、そして18世紀のヨーロッパ絵画、さらには19世紀の印象派やそれ以外のフランス絵画までをも収集していきます。

 こうして収集された絵画と、財を未来のために活かすプロテスタント精神、そしてそれを支える資本主義と愛国心によって、アメリカでは美術館文化が大きく発展することになります。また、寄付控除があるため、個人コレクションを美術館へ寄贈や遺贈する寄付文化が根付いていることも、アメリカの美術館がヨーロッパに劣らない豊富なコレクションを誇る要因になりました。こうした理由から、現代のアメリカにはヨーロッパに引けを取らないレベルの高い美術館がいくつもあるのです。

切っても切り離せない
アメリカの美術館発展と富豪たち

 そして、この美術館文化を支えたのがアメリカ人の富豪たちでした。ヨーロッパの主要美術館が王侯貴族のコレクションを軸にしているものが多い中、アメリカは建国以来の純粋なブルジョワ社会のため、美術館創立に貢献したのも大財閥を筆頭にしたアメリカ人富豪たちだったのです。

ワシントンDC にある美術館「ナショナル・ギャラリー」

 たとえば、メトロポリタン美術館はモルガン家、ロックフェラー家、アスター家、そして「リーマン・ショック」のリーマン家との関係を抜きに語れません。ワシントンDCのナショナル・ギャラリーも、銀行家・財務長官アンドリュー・メロン(1855~1937年)が建物と自分のコレクションを国家と国民のためのものとして寄付し、創設に尽力した美術館なのです。さらには、ニューヨークにはフリック家やグッゲンハイム家の、そして西海岸にはゲティ家の一族の名を冠した美術館があります。彼らの場合はコレクションを既存の美術館には寄贈せず、個人の美術館を設立して公開しました。

 また、素晴らしいのがそれぞれの美術館が「お宝自慢」に終わっておらず、美術史的にも価値のある名品が揃っている点です。体系的な観点で美術史に則した啓蒙的なコレクションを誇っています。

 これには、アメリカの学歴社会の側面も少なからず影響しています。貴族社会ではないアメリカでは、爵位ではなく学歴・学位が重要視される傾向があります。日本とは違う意味での学歴社会なのです。そのため、教養主義や権威主義が強く、大財閥クラスでさえも、美術史家や専門知識を持つ美術商たちの薦めによってコレクションを充実させる傾向がありました。このような専門知識に則った収集スタイルで、莫大な富と共にヨーロッパ文化を継承し庇護していった結果、ヨーロッパに並ぶ所蔵品を誇る美術館文化を根付かせることができたのでした。

 拙著『世界のビジネスエリートが身につける教養「西洋美術史」』では、こうした美術に関する知識や、その背景にある欧米の歴史、文化、価値観などについて、約2500年分の美術史を振り返りながら、わかりやすく解説しました。これらを知ることで、これまで以上に美術が楽しめることはもちろん、当時の欧米の歴史や価値観、文化など、グローバルスタンダードの教養も知ることができます。少しでも興味を持っていただいた場合は、ご覧いただけますと幸いです。