「正当な評価」とは言っても、自分から見て「正当」だということ。会社や上司が、自分を見てどう評価するかは、別問題です。

 ですから、会社や上司の「正当な評価」が、自分の「正当な評価」と違うことは、十分にあり得ます。それが違うからと言って、不満に思ったり、悩んだりするのは、悪い意味での「自己中」なような気もします。

評価する人とたまたま
「好き嫌いが合わなかった」だけ

武田双雲氏の新刊書

 それに評価というのは、評価する人の「好き嫌い」で決まる──という面があります。

 案外いい加減なものなんです。

 たとえば、僕は書道をはじめ、お花、映画、絵本などなど、いろんな分野の作品賞の審査員をよくやらせていただいています。つまり、それだけ「評価」することが多いんです。そこでいつも「評価って結局、評価する人の好き嫌いだな」と感じたりします。

 どの作品賞であれ、授賞の基準のようなものはおおまかに決まっています。

 ただ、それぞれの審査員が「作品のどこを授賞の基準として評価するか」は、もう人それぞれ。ですから偉い先生の評価と僕の評価が、食い違うといったことも珍しくありません。

 で、評価を決める最後のポイントは、結局、審査員の人たちの「好き嫌い」。

 だから、「正当に評価されなかった」ことが、イコール「才能がない」「能力がない」「センスがない」といったことではありません。審査員の人たちと、たまたま「好き嫌いが合わなかった」だけなんです。逆に言えば、「好き嫌い」さえ合っていれば、受賞できたかもしれないのです。