ウィーン大学法―国家学部、夏学期が終わり、1909-10年冬学期のためにシュンペーターが準備していた講義は2コマ(下記)、

「企業者と資本家(資本主義的集中傾向とそれに対応した貨幣市場での諸過程に特別の注意を払った現代国民経済分析)」

「財政学の基礎、純粋に法学的部分を除いて」

であったが(※注1)、これらの講義は実現しなかった。ベーム=バヴェルク名誉教授によりチェルノヴィッツ大学正准教授に推され、ただちに赴任したからである。

 チェルノヴィッツ? 聞きなれないこの都市については後述するとして、まずはこの年に教職を得る資格試験用に提出した処女作『理論経済学の本質と主要内容』(※注2)を読んでおきたい。

 シュンペーターの代表作であり、私たちの必読書は2番目の著作である『経済発展の理論』だから、『理論経済学の本質と主要内容』は飛ばしてもいいのだが。

 経済学部の学生でも、本書を読破した者はほとんどいないだろうし、経済学部の先生だってそれほど多くはないだろう。筆者は本書を過去20年に5回ほど購入し、4回は読むのを途中であきらめた。非常に読みにくいためである。今回は5回目の挑戦だ。

 この連載ではハプスブルク帝国の経済、地理、文化史を織り交ぜつつここまでやってきた。また、シュンペーターが大学で受講した科目も可能な限り詳細に検討してきた。こうした蓄積をもとにして読むと、シュンペーターの論理の組み立て方が多少は理解できるようになってきた。しかし、難しくて読みにくいことに変わりはない。

 多忙な読者のみなさまのために、『理論経済学の本質と主要内容』の主要内容について、読まなくても把握できるように本稿でまとめておくことにしよう。

「ワルラス一般均衡理論」を解説した
シュンペーターの処女作

 本書についてはシュンペーターの評伝を書かれた先生方が適切な要約をされている。たとえば、京都大学の根井雅弘先生は、「主にドイツ語圏の読者を対象に、ワルラスの一般均衡理論の意義をほとんど数学を用いることなく解説したもの」(※注3)と、まとめておられる。

 伊東光晴先生は、次のように述べている。

「変動している経済の現実を一点で切りとり、競争を徹底的に行なわせると、もうこれ以上変化しない一般均衡状態が成立する。『純粋経済学』とは、本質的にはこうした完全な自由競争を仮定した制度のもとにおける価格決定の理論である。それは変化のない静態である。(中略)こうした前提にもとで、もはやこれ以上変化がないまで競争が行なわれるとどうなるかを、シュンペーターは考える。利潤はゼロになり、投資は行なわれず、したがって貯蓄もゼロ、利子率ゼロの静態が生ずる。収入は費用(賃金と地代)に等しくなる。そうした一般均衡の状態を、競争が行なわれた極限として記述したのである」(※注4)。

 つまり、シュンペーターは静学としてのワルラス一般均衡理論を、数学を使わずに本書で解説し、しかし静学では資本主義の運動を解明することはできないので、動学が重要だと結論づけているわけだ。そして第2作の『経済発展の理論』へつなげるのである。