AIがあらゆる職場に浸透する日も遠くないかもしれません。そんな時代に、私たちに何よりも必要とされるのが「自分の頭で考える力」です。ベストセラー『地頭力を鍛える』で知られる細谷功氏が、主に若い世代に向けて「自分の頭で考える」とはどういうことかについて解説した最新刊『考える練習帳』。今回は、最新刊『無印良品のPDCA』(毎日新聞出版)を出版された松井忠三良品計画前会長と細谷功さんの対談をお届けします。人間の思考に精通したコンサルタントと赤字企業を短期間でV字回復させた実力派経営者。2人が語るAI時代を生き抜くための「考える力」とは、一体どういうものでしょうか?

細谷功氏と松井忠三氏

 

「MUJI GRAM」は、単なるマニュアルではなく
PDCAを回す仕組み

細谷 松井さんの最新刊『無印良品のPDCA』(毎日新聞出版)を拝読いたしました。大変勉強になりましたし、面白かったです。

松井 ありがとうございます。

細谷 良品計画というと、店舗を運営するためのノウハウが書かれた「MUJI GRAM(ムジ グラム)」という13冊、2000ページにもおよぶマニュアルで有名ですが、これを読むと「MUJI GRAM」は、いわゆる固定的なマニュアルというイメージとは全然違いますね。

松井 そうですね。

細谷 毎月、約20ページ、全体の約1%が改訂されるそうで、そういう意味では、これは変化し続けるマニュアルというか、PDCAを回す仕組みと表裏一体になっているのですよね。そういう理解であっていますか?

松井忠三(まつい・ただみつ)株式会社良品計画前会長、株式会社松井オフィス代表取締役社長。1949年、静岡県生まれ。1973年に東京教育大学(現・筑波大学)卒業後、株式会社西友ストアー(現・西友)に入社。出向を経て1992年に株式会社良品計画に入社。初の減益となった直後の2001年に社長に就任。2008年に会長に就任。2010年に株式会社T&T(現・株式会社松井オフィス)を設立したのち、2015年に会長を退任。おもな著書に『無印良品は、仕組みが9割』『無印良品の、人の育て方』(ともにKADOKAWA)などがある。

松井 はい。おっしゃる通りです。店舗を回していくときのオペレーションの仕組みが「MUJI GRAM」ですが、「MUJI GRAM」には、商品開発から接客の仕方まで、仕事のノウハウが細かく規定されています。これは、一般の人が考えるマニュアルというものとは対極的なものです。組織を変えられないマニュアルは不要です。変えていくためのマニュアルが「MUJI GRAM」です。ちなみに、本社スタッフ向けには、別の「業務基準書」というものがあります。

細谷 『無印良品のPDCA』には、仕事の目的を明確にするだとか、上司と部下の間でも目的を共有するだとか、仕事を活きたものにする言葉が、ありとあらゆるところに書かれていますね。

松井 はい。目的をもって行動するのは大切なことです。目的がはっきりしなければ、どこに向かうのか、何のために働くのか、仕事の本質がわからなくなります。先を読んだ行動ができませんし、組織の本質も理解できません。

細谷 なるほど。「本質」を理解することが重要なわけですね。しかし、本質というのは、わかる人にはわかりますが、わからない人にはまったくわからないので、伝えるのが難しいようにも思えます。

松井 『考える練習帳』にも書かれていますが、物事の本質を知るには、上からだったり反対側からだったり、世界を見る視点を変えないといけないと思います。視点を変えることで、ぼんやしていたものが、実物として見えてきます。

細谷 無印良品のコンセプトはライフスタイルを提供するということ。その分、顧客の全体像が見えなくてはなりません。どの商品がいくら売れたとか、個別のデータを見ているだけではダメということですね。

松井 商品開発には、お客様からのフィードバックを活用しています。私が経営にいた頃は年間17万件のご意見が会社に寄せられて、そのうち3分の1はクレームや改善要求でした。

それらは、「声ナビ」というイントラネットに入力し、週に1回、関係者でチェックし、商品の改良や廃止に反映しています。供給サイドからのプロダクトアウトの発想では、ほとんど的を外してしまいます。的を外さないためには、お客様のご意見を聞くことがいちばん効果的です。

細谷 まさにお客様の声。モノやサービスをつくり、顧客からのフィードバックをもとに修正する。その作業の繰り返しですね。

優秀な経営者は、本質が見えて、先が読める

細谷 功(ほそや・いさお)ビジネスコンサルタント、著述家 1964年、神奈川県生まれ。東京大学工学部を卒業。東芝を経て、日本アーンスト&ヤングコンサルティング(株式会社クニエの前身)に入社。2012年より同社コンサルティングフェローに。ビジネスコンサルティングのみならず、問題解決や思考に関する講演やセミナーを国内外の企業や各種団体、大学などに対して実施している。著書に『地頭力を鍛える』『まんがでわかる 地頭力を鍛える』(以上、東洋経済新報社)、『「Why型思考法」が仕事を変える』(PHPビジネス新書)、『やわらかい頭の作り方』(筑摩書房)などがある。

松井 細谷さんがこの本に書かれている通り「自分で考える」ってことをやらないと、人間は成長しないですね。本質が読めてこないですし、先が見えてこない……。

細谷 そうだと思います。

松井 私の経験からいっても、優秀な経営者というのはどういう力を持っているかというと、本質が見えること、そして、先が見えることなんですね。

そのためには、細谷さんが書かれているように「反対側に立って物事を見る」ことが大事なんです。「俯瞰の視点を持つ」ことも同じです。そうすると物事が3次元というか、立体的に見えてきます。

細谷 たしかに、そうですね。

松井 私も、2001年に社長に就任して以来、いろいろと経営改革をやってきましたけど、あるとき、物事を反対側から見ないとダメなんだなということに気がつきました。それで、そのための仕組みを会社にも取り入れるようにしました。

細谷 たとえば、どういうことですか?

松井 人事異動の仕組みがそのひとつです。たとえば、商品部でずっと育った人は専門性が上がるので、それはそれでいいんですけど、それだと部分最適でしかないんです。でも、経営というのは全体最適でやらないとうまくいかない。では、どうするかというと、この人が管理部門を経験したり、海外部門を経験したりというふうにやらないと、経営としてはうまくいかないんですね。

細谷 なるほど。

松井 無印良品では人事異動は全体最適でやります。一部の社長や専務の意向で変わるのはよくないので、必ず全役員で決めます。それで、3~4年で代わっていくような仕組みにしています。人事異動も反対側から見ないと全体最適にならないし、正しい姿が見えないんです。

細谷さんがこの本に書かれていることは、私は結構、自分では会社の仕組みの中に取り入れてきたかなと思いました(笑)。

無印良品の価値観は「禅」

細谷 松井さんは、いろいろなご著書の中で、「変えるものと、変えないものがある」ということをおっしゃっています。変えるものというのは、先ほど「MUJI GRAM」や商品開発の話で例が出ましたけど、一方で、「変えてはいけないもの」というのは、たとえば何がありますか?

松井 それは「哲学」ですね。

無印良品の商品は、自然界にある素材を使い、色彩はモノトーンで飾りもなくてという、海外でも禅のイメージにたとえられています。まさに、禅の価値観が無印良品の哲学といえます。これは、厳密に守られてきました。

細谷 その「哲学」は、どのように受け継がれてきたのでしょうか?

松井 そうですね。2000年ごろでしたか、その哲学が大きく揺らいだことがあります。業績がダウンして、商品開発でも迷いが生じました。それで、赤ちゃんや子ども向けの商品にかぎっては、カラフルで明るいイメージのものがあってもいいのではないかとなりました。お客様の意見を真剣に聞いた結果ですが、ピンクや黄色の子ども服や文房具をつくりました。でも、これが売れなかった。

細谷 そうでしたか。

松井 そこで初めて全社員が気づきました。「これは無印良品ではない」と。それで、改めて無印良品の哲学が再認識され、その後は、あらかじめ使ってよい色をルール化しました。以来、哲学も仕組みで守っています。

細谷 無印良品の「哲学」は極めてシンプル、つまり抽象度が高い一方で、「MUJI GRAM」のような、すごく具体的なものもある。社員の皆さんは、その間を行ったり来たり、考えながら仕事をしているんですね。

松井 そうかもしれません。

細谷 ひとつの商品開発、接客の仕方、アプリの製作でも、抽象的なアイデアやコンセプトから始まって、試行錯誤しながら具体化し、成功へと向かっていくイメージというか。それで、お聞きしたいのですが、ぼんやりしたイメージから具体的な商品に落とし込む段階で、何かお困りになったことはありますか?

松井 そうですね。以前、海外に行ったときに五つ星のホテルに泊まったのですが、そのホテルで簡単に洗えてすぐに泡切れするボディー用タオルに出会いました。すごく優れものだったので、これを無印良品でも開発しようと思い、やってみましたが、なかなかうまくいかなかったことがあります。工場を中国から日本に変えてもダメで、失敗につぐ失敗の連続。それで、数年がかりでようやく完成したのがコンパクトで、引っ張るとと大きく伸びて、しかも10分ほどで乾燥するタオルです。これが大ヒット商品になり、今でも売れ続けています。

細谷 なるほど。「旅する人のライフスタイル」というユーザ視点のキーワードで、そこからコンセプトを磨き、試行錯誤しながら、完成させたわけですね。

松井 オリジナルな商品を一からつくるのは簡単ではありません。発想するには外からヒントをつかむことも大事です。たとえば、自分が1キロ先までしか見えないなら、3キロ先が見える人の知恵を借りればいいと思っています。

(文・大西元博、撮影・宇佐見利明)

(第2回につづく)

※次回は、12月1日(金)に掲載予定です。