フレックスタイムや在宅勤務制を導入しても、既存の通勤習慣や職場風土に阻まれ、なかなか浸透しない――。そんな組織のために、行動経済学を活用したオーストラリアでの官民共同の取り組み事例を紹介する。


 世界各地で多くの優良企業が、フレックス勤務を可能にする制度を導入している。それが社員の定着、勤労意欲、責任感、人材多様性、採用などにプラスの効果をもたらし、選ばれる企業になることができる、という認識があるからだ。

 ところが、社員の要望やよく知られた事例があるにもかかわらず、こうした制度をより広く普及させるのは困難であることが示されている。

 この明らかな矛盾に対処するため、オーストラリア・ニューサウスウェールズ州政府の行動インサイトユニットは、行動経済学の活用を試みた。人々の行動を少しだけ変え、職場における規範や暗黙のルールも変わるよう「ナッジ」する(肘で軽くつつく、つまり間接的に促す)ことが狙いである。

 我々はこの研究を、ニューサウスウェールズ州交通局の「トラベル・チョイス・プログラム」と共同で実施した。これは企業との共同プログラムで、なるべく多くの通勤者に混雑ピーク時の通勤を避けてもらおうという取り組みである。

 先行研究を検証したうえで、大手企業8社と連携し、交通機関と職場の入退場ゲートのデータを分析した。シドニー中心部の職場に通う従業員1000人以上を対象に定性的なフィールドワークを行った。その分析によって、社員のフレックス勤務を妨げている3つの重要な行動面の障壁が明らかになった。

 ●社会的規範

 組織文化は多くの場合、簡単には変わらない。たとえ出退勤の時間枠を広げる(午前7時~午後7時)といったフレックスタイム制度を導入しても、9時~5時の文化が根強く残ってしまうことがある。これはたとえば、早めに退勤する社員が同僚から眉をひそめられたり、からかわれたりするなどの形で表出する。

 ●上司にどう思われるかが心配

 フレックスタイムを申請したら上司から否定的に評価されそうで心配だ、と社員たちは報告している。たいていのマネジャーが、「フレックス勤務はよいことだと思う」と口にしているにもかかわらずだ。

 社員の認識というものは、上司の行動を見本にすることで強化されるが、マネジャーの多くは柔軟な働き方をしていない。さらに、社員とマネジャーの双方がこの問題を取り上げようとしないため、互いの見解を知らないままの状態が続くのである。

 ●個々のライフスタイルと習慣

 通勤は、最も根強くて変わりにくい習慣の1つだと言われる。社員のライフスタイルと仕事以外の用事(子どもの学校への送り迎え、家族の世話、ジム通いなど)が、出退勤時間を決める重要な要素となる。

 これらの知見をもとに我々は、行動経済学を用いて人々に柔軟な働き方、特にオフピーク通勤を促すことはできないかを調査することにした。これには、交通機関への負担が減るという追加的メリットも期待できる。

 ニューサウスウェールズ州首相内閣府との協働で、3つの介入を実施した。その狙いは、社会的規範に影響を及ぼすこと、マネジャーの行動を変えること、そして、人々にできるだけ新しい通勤習慣を試すよう促すことである。