治療に熱意が感じられなければ
訴訟のリスクも高まる

 医療現場では、もはや医者は1人では動けない。地域医療が浸透し、チーム医療が基本となった今、医者はチームのリーダーシップを取る一方、パラメディカルのサポートを受けながら行動する必要がある。看護師や薬剤師らは、医者が気付けない患者の本音や抱えている問題点を教えてくれる。連携を取りながら医療を進めるためには、チーム内でのコミュニケーション能力も必要となる。人の話を聞く力、人に説明する力が求められるのだ。

 大学病院に勤務していたとき、池谷氏は上司から“信頼”について学んだという。

 「インフォームドコンセントは、患者さんが医師から治療法などを十分に知らされた上で同意することですが、本来重要なことはただ言葉で説明して書面で承諾を得るということではない。誠心誠意、できることは全部手を尽くして助ける、という医師をはじめとしたスタッフ全員の意思表示としっかりとした行動があって初めて信頼関係が生まれる。このことを肝に銘じておかなければ、いくら同意書にサインをもらったとしても意味がなく、訴訟のリスクも高まるのだということを教えられました。その言葉は今も私の医療の中心にあります」

東京都あきるの市の池谷医院にて

ガイドライン通りの治療だけでは
治せない病もある

 池谷氏にはこんな経験がある。あるとき、クリニックに大阪から若い女性が診察を受けにやって来た。20歳の頃から原因不明の皮膚炎のようなものを起こして、足全体に赤紫色のもやもやとした発疹が広がったのだという。足を人に見られるのが嫌でスカートもはけない。話を聞くと、それまでに8カ所も病院を回って、ようやく「結節性動脈周囲炎(膠原病の一種)」という診断名が付き、ステロイド治療などの手を尽くしてみたが効果がなかったという。

 池谷氏の専門は内科と循環器科で、膠原病や皮膚科は門外漢。でもわざわざ大阪から来てくれたのだから、できることをしようと思い、しっかり話を聞くと、彼女の食生活がかなり乱れていることが分かった。血管の炎症の悪化要因となる脂質のバランスの乱れを正し、不足していた野菜の摂取をすすめるなど、具体的に指導をしたところ、1年半たったある日、その女性がスカートをはいて明るい笑顔でお礼の報告にやって来てくれたという。血管のみならず、全身の炎症が和らぎ、足の斑点はほとんど消え、肌や髪までがきれいになっていた。

 「正直、驚きました。彼女の症状を改善できたのは、まず患者さんの気持ちを理解し、話をしっかりと聞いてあげたから。そして、私を信頼してくれて、根気よく前向きに生活習慣の改善に取り組んでくれた結果だと思います」と池谷氏は言う。

 知識の穴埋めはAIロボットでもできる。だが検査とガイドライン通りの治療だけでは治せない病もある。人間として一対一で向かい合い、患者の顔色や息遣いで気付くこともある。医者に聞く力、伝える力があってはじめて、患者に役立つ治療法が生まれるのだ。