負のイメージを払拭することが目標

 試行錯誤を重ね、試作品の数は数千に及んだ。そして、着想から4年後の16年。型枠の木目をコンクリートに転写させる際に使う無垢の木板の型枠において、実用化にこぎ着けた。

 大学やホテルなどデザイン性を重視する建築物で、このアート型枠を使ったコンクリートの使用が今、次々と増えている。

「型枠の表面がより滑らかな木材など、あらゆる型枠に活用できるよう今も研究を重ねています。施主だけでなく、作業現場から『使いたい』という問い合わせは多い。仕上げの作業効率が上がるだけでなく、通常の型枠よりも失敗する確率が格段に減るからです」

 実は、辻埜の功績はこのアート型枠だけではない。

 アート型枠の着想を得た同じ年、コンクリート技術にブレークスルーをもたらした、清水建設の超低収縮コンクリート「ゼロシュリンク」の開発担当者でもあるのだ。

 打ち込んだコンクリートは乾燥するにつれて収縮し、ひび割れの原因となる。通常のコンクリートでは10メートル当たり8ミリメートルに及ぶこの乾燥収縮を、ゼロシュリンクはわずか1ミリメートルに抑え、ひび割れを起こさないことに成功。これにより、目地のない巨大なコンクリートを作り出すことが可能となった。

 現代建築に欠かすことのできないコンクリートだが、一般的に「コンクリートジャングル」や「コンクリートから人へ」といった具合に、何かと負のイメージで例えられることが多い。

 辻埜は研究に打ち込む理由について「そのような状況を変えたいからだ」と明かす。

「自分の好きな形に作ることができるのがコンクリートの魅力。皆がもっと好きになるような、愛着が持てるようなコンクリートを世に送り出していきたい。本当はコンクリートそのものに取って代わるようなものを生み出したいですけどね」

 硬いコンクリートとは対照的に、物腰は柔らかでありながら、次々と業界の常識を覆してきた辻埜。世界トップレベルといわれる日本のコンクリート技術にこれからも貢献しそうだ。(敬称略)

(「週刊ダイヤモンド」編集部 宮原啓彰)

【開発メモ】アート型枠

写真提供:清水建設

 清水建設と東洋アルミニウムの共同研究により開発。水をはじくハスの葉の表面機構を模したバイオミメティクス(生物模倣)技術をコンクリートの型枠に活用し、コンクリートの美観を向上させる。型枠を外した後に生じる気泡痕と色むらを抑制するだけでなく、コンクリートから出る水も吸収しにくいため、型枠の再利用も可能となる。