前回に引き続き、今回もCSRのお話。今後のCSRが向かうべき方向性について考えてみる。

 競争戦略論の権威=マイケル・ポーター博士の論文や、BOPビジネスを「発見」した故プラハラード教授の「ネクスト・マーケット」を読むと、意外とCSRに対して批判的であることに驚く人もいるかと思う。両氏が共通して述べていることは、企業は事業の中核で社会的課題に取り組むことで成長するが、CSRは(現実的に)企業活動の周辺に追いやられているので、大きなインパクトを社会に与えることができない。これが、彼らのCSRに対する批判の骨子である。

 確かに、口うるさいNGOからの批判をかわすための、あるいは欧米の機関投資家へのIR対策として「CSR報告書を書くためのCSR」といった防御的CSRでは、大きな社会的インパクトは望むべくもないだろう。しかし、近年ではもっとアグレッシブにCSRを考える企業も増えてきており、社会的インパクトという視点でCSRを考え始めている。個別のNPO、NGOに助成金を出したり、プログラムを支援したりというだけでなく、社会セクター全体の成長に寄与するプログラムを提供する。これがCSRの新潮流となってきているということだ。

 これは世界的な潮流だと思うのだが、特に日本では人材育成に力を入れるCSR活動が強化されている。企業であれNPOであれ人材育成は組織成長の要であるが、日本のNPOは予算的にもマンパワー的にも人材育成の余裕がなく、それが社会セクター全体の成長を阻害していることは従来から多くの人が指摘していた。であれば、社会セクターの人材育成を企業がサポートすることは有益なCSRになる。どのようなイノベーションも人がやることなので、社会に対して大きなインパクトを与えるためにも、人材育成は必要なのだ。

NPOの次世代リーダーを育成
アメックスのリーダーシップ教育

 アメリカン・エキスプレスは従来からリーダー育成に力を入れており、アメリカでは2008年からNPOリーダー育成のためのアカデミーを実施。日本でも2009年から「アメリカン・エキスプレス・アカデミー」を実施。若手起業家やNPOリーダーのための研修事業を行なってきたが、今年(2011年)からはNPOリーダー育成に特化。NPOの次世代リーダーと社会起業家対象の「アメリカン・エキスプレス・リーダーシップ・アカデミー」(以下、リーダーシップ・アカデミー)、社会起業家のための「サービス」に特化した「アメリカン・エキスプレス・サービス・アカデミー」(以下、サービス・アカデミー)の3つのプログラムを行なった(いずれもアメリカン・エキスプレス財団を通じての開講)。

 リーダーシップ・アカデミーはNPOの将来のリーダーたる若手職員を対象としたものと、原則的に創業2年以内のスタートアップ期の社会起業家が対象の2つを実施。サービス・アカデミーは原則創業5年以上の有望な社会起業家が対象となっている。人材育成といっても、キャリアや場面によって必要とされるスキルは異なるわけで、そのあたりが非常によく考えられてカテゴライズされていると思う。

 特にサービス・アカデミーは、まさに160年にわたって業態を変えながら顧客に対して「サービス」を提供してきた同社の真骨頂とも言えるセミナーだろう。同社のロバート・サイデル日本社長は「サービスこそが他ブランドとの差別化の源泉」と述べているが、日本におけるソーシャル・ビジネスのほとんどはサービス事業なので、世界トップクラスのサービス企業から学べることは数知れない。

社会的インパクトのあるCSRとは?寄付から「NPOの人材育成」へ舵を切った先進企業の取り組みアメックスがNPOの次世代リーダーと社会起業家を対象に実施している「アメリカン・エキスプレス・リーダーシップ・アカデミー」。ビッグ・イシュー誌と提携し、街頭での販売体験といったユニークなプログラム(写真左)も実施している。

 ちなみに、アメリカン・エキスプレスは同様のNPOリーダー育成プログラムをイギリス、インドでも開催しており、4ヵ国合計でこれまで18回開催。約500名の修了生を送り出している。この修了生を対象とした独自のオンライン・コミュニティも今年から稼働させており、受講者は単にリーダーシップやサービスについて学ぶだけではなく、修了後は修了者同士がつながることができる。このネットワークからさまざまなコラボレーションが生じ、グローバルなビッグ・プロジェクトが生まれる可能性があるわけだ。

 つまり、アメリカン・エキスプレスのCSRは、ソーシャル・イノベーションを生み出すインフラの構築へと進化していると言えるだろう。これが、大きな社会的インパクトを生み出すCSRなのである。