リーダーシップ教育では、「分野固有の専門知識」の重要性が見落とされがちであるという。リーダーに必須とされる諸能力が、実は専門知識に支えられるものであることが、近年の研究で示されている。


 リーダーに必要とされる能力はおおむね転用可能だ、という考え方が、社会と教育界では一般的に存在する。ある分野で人々を鼓舞して動機づけることができる人は、別の分野でもその能力を同じように発揮できるはず、というわけだ。

 しかし最近の研究は、この説に対してもっともな反論を提示している。

 さまざまな研究によると、最高のリーダーは自社の活動分野について深い知識を持っており、その「専門技能」がマネジメント職での成功に寄与しているという(「部下の仕事の満足度は上司の専門技能に左右される」を参照)。たとえば、医師が経営する病院は、そうでない病院よりもパフォーマンスが優れている。また、ある会社の経営に成功したリーダーが、その能力を別の会社で発揮できない、という例も多い。

 私はこの1年間、テキサス大学のグループと共同で、学生にどのようなリーダーシップ教育を施すべきかを研究してきた。リーダーシップ教育を実施する多くの学校の間では、リーダーが学ぶべき主要要素について、おおむね意向が一致している。たとえば、自分自身と他者を動機づける能力、口頭および文章による効果的なコミュニケーション能力、クリティカルシンキング、問題解決能力、チームとの協働、仕事をうまく任せる能力などだ。

 これは一見、素晴らしいリストのように思える。優秀なリーダーは実際に、こうした能力を持ち合わせている。未来のリーダーを育てるために、これらを身につけさせるのは至極まっとうなことだ。

 たしかにリーダーは、大量の情報を収集し、それを本質的な要素へと絞り込んで、解決すべき中核課題を明らかにしなければならない。それらの課題を解決するためにチームを組織し、ビジョンを共有する大切さを説明する必要もある。チームと信頼関係を築き上げることによって、チーム独力での能力を超えた成果を引き出すことも求められる。

 ただし、これらの能力だけではリーダーにはなれない。なぜなら、実際にこうした能力に秀でるためには、分野固有の専門知識が多く必要だからだ。

 たとえば、状況の本質を見抜くためのクリティカルシンキングという能力について考えてみよう。これをうまく発揮するためには、具体的・専門的な知識を持っていなければならない。医師が患者を診断するのに必要不可欠な情報は、政治的な行き詰まりについて理解するための知識とは異なる。これらは、ビジネス交渉を成功させるために必要な知識とも大きく違う。

 効果的なコミュニケーションでさえ、分野によって異なる。患者と話をする医師、自然災害に対応する政治家、労働争議に対処するCEOは、それぞれ違うやり方で情報を伝えなければならない。

 リーダーの中核能力について考察を始めると、そのどれを取っても、分野固有の専門知識が密接に関係していることが即座に明らかになる。また、求められる専門知識の種類はきわめて個別具体的なものだ。一口に「ビジネス」といっても、けっして1つの分野ではない。建設業、半導体製造業、コンサルティング業、小売業におけるリーダーシップには、業界固有の知識がたくさん必要となる。

 この問題に対する一般的な解決策として、リーダーは言う。「自分が適切な判断を下せるよう、必要な専門知識を備えた優秀な人材で周囲を固めればよい」と。しかし、ここで問題がある。リーダー自身が実際に専門知識を持っていなければ、情報提供者の妥当性をどのように判断するのだろうか。寄せられる情報をマネジャー自身で評価できなければ、効果的にチームを率いることは不可能だろう。