こんなセリフを聞いて、不思議な感覚に陥るのではないでしょうか。患者を「客」と呼ぶ不穏当な言い回しは別にして、今の医師から「健康保険の安い客」という発言は絶対に出てこないからです。

「健康保険になる客」と
「ならない客」の混在

 では、この発言を今と対比すると、どんなことが言えるでしょうか。一つは「健康保険になる客」「健康保険にならない客」の2種類があった点、もう一つが「健康保険は安い客」という認識です。

 まず前者ですが、日本は国民全員を何らかの公的医療保険制度に加入させる「国民皆保険」を採用しており、「健康保険にならない客」、つまり患者が医師にダイレクトに対価を支払う「自由診療」はほとんど存在しません。医療機関に行った瞬間、われわれは自動的に「健康保険になる客」になっているわけです。

 しかし、当時は国民皆保険ではありませんでした。厳密に言うと、1961年4月の国民皆保険実施に向けた計画が公表された頃なので、まだ公的医療保険に加入していない患者が存在しており、「健康保険になる客」「健康保険にならない客」が混在していたのです。

 もう一つの「健康保険は安い客」という点です。

 まさに映画が公開された年、日本医師会の会長に武見太郎氏が就任し、その後25年間も会長として君臨している間、診療報酬の引き上げを主張して政府や自民党をキリキリ舞いさせることになるのですが、当時は診療報酬の水準が低く、自由診療で受け取れる報酬に比べると、保険診療での手取りが少ない状況でした。このため、医師から見ると「健康保険の客」は「儲からない患者」だったわけです。

 しかし、これは患者から見ると違う景色になります。医療の場合、患者と医師の"情報格差"が大きく、患者は医療サービスの質や値段を評価できません。そうなると、医師の言い値で値段が決まりやすくなり、患者は医師にかかりにくくなります。少し分かりやすく言えば、「時価」と書かれた寿司屋に入りにくい感覚と似ているかもしれません。