「褒め殺し」では人は育たない

――ちなみに、「長所を刺激する」ためには、「長所を褒める」ことが大切なんでしょうか?

小西 たしかに褒めることは重要ですが、たいしたこともしていないのに褒めても逆効果です。B君が素晴らしいアイデアを出したときに、私は本心からウソ偽りなく褒めた。この本心から褒めることが大切なんでしょうね。上っ面で褒めたところで、意味があるとは思えません。それは、むしろ、部下を“小馬鹿”にしているのと変わらないように思います。

 そして、「間違ったことをしたら叱る」。これも、大切なことです。しかるべきときにしかるべき形で叱ることもせず、チヤホヤしてたって人は育ちません。「褒め殺し」という言葉がありますが、そのようなアプローチは、結局のところ部下の能力を殺してしまうだけですよ。

――たとえばどんなときに叱りますか?

小西 叱ることはしょっちゅうありますよ(笑)先日叱ったのは、自分の失敗をごまかした部下。私が「この機械を買ってくれ」と指示したのに、3ヵ月たっても一向に動かない。「あの話はどうなったんだ」と確認すると、あわてて機械の手配をしたのですが、私の指示とは違う機械を手配している。もう無茶苦茶です(笑)

――あちゃー。

小西 それだけでも叱りたいポイントは100個くらいあるのですが、さらに頭に来たのは、その失敗について言い訳をしたことです。

 手配が3ヵ月遅れたことについては「つい先延ばしにしてしまった」、手配する機械を間違えたことについては「あわてて手配したのに間違えた」「どの機械を手配したらよいかという私の指示を忘れていた」というように正直に言ってくれれば、私も腹に落とすことができる。

 しかし、その部下は、「手配が3ヵ月遅れたこと」「違う機械を手配したこと」のそれぞれに一見合理的な理由を後付けして、言い訳を始めたんです。

――「あえて3ヵ月遅らせた」「あえて違う機械を手配した」といった主張したのですか?

小西 そんなたぐいのことです。でも、そんな話はただの「まやかし」です。取り繕った嘘にすぎません。私は「こんなことでは、私はあなたの話を信用できない。もう二度と、こんな馬鹿げた言い訳をするな」と厳しく叱りつけました。

――つまり、「ミスを叱る」というよりも「不誠実を叱る」ということでしょうか?

小西 そういうことですね。ミスは誰にだってある。もちろん、そのときも指導は必要ですが、致命的なのは「誠実さに欠ける」ことです。仕事をするインフラである「信頼」を傷つけるのは不誠実さです。そんなことをした部下には、私はきわめて厳しく叱りつけます。それは、彼らの人生をも台無しにしかねない大問題だと思うからです。

 でもね、はっきり言って、誰も好きこのんで叱るわけじゃないですよ。叱るのは楽しいことじゃないし、こっちにとってもストレスですからね。でも、しかるべきときには叱らなければならない。そのエネルギーは、その部下に期待しているからこそ出てくるのです。

 さきほどの部下も、非常に有能なところをもっている。それを思う存分いかしてもらうためにも、あんな不誠実なことはしないでほしい。その気持ちをもって、叱ったのです。なぜ叱られたのかを真摯に自省して、言動を改めてくれれば、きっと彼はより一層活躍すると確信しています。

(続く)