橘玲の世界投資見聞録 2018年1月18日

なぜアメリカ社会ではつねに黒人が「人種問題」になるのか
[橘玲の世界投資見聞録]

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 トランプ米大統領がハイチやエルサルバドル、アフリカ諸国からの移民を「肥溜め(shithole)のような国から来た奴ら」と侮辱したことに抗議の声が広がっている。アフリカ諸国連合(AU)やハイチ政府はもちろんのこと、全米黒人地位向上委員会(NAACP)も「大統領は白人至上主義者という醜い過去に米国を引き戻そうとしている」と非難した(日経新聞2018年1月16日朝刊)。

 とはいえトランプは、アメリカ市民権をもつ黒人への批判を慎重に避けている。トランプの強固な支持基盤である白人労働者階級(ホワイト・ワーキングクラス)は、アファーマティブアクション(積極的差別是正措置)を「黒人貧困層を福祉依存にするだけ」と攻撃するが、トランプはこれまで、保守派によるリベラル批判の定番である「弱者の福祉漬け」を持ち出したことはいちどもない。それに対して2012年大統領選の共和党候補としてオバマに敗れたミット・ロムニーは、アメリカ人の約半数は政府に故意に依存しており、「自己責任をとったり、自立したりする生活をしたり」する気などさらさらないと発言したことが暴露されて強い批判を浴びた。

 政治をビジネスと考えるトランプは、投票権をもつすべての米国市民を「潜在顧客」とみなしている。顧客を批判するようではどんな商売も成り立たないが、顧客になり得ないひとたち(投票権のない外国人や不法移民)にはなにをいっても致命的な失態にはならない。そればかりか、「本音を語る面白い奴」として保守派の支持者が喜ぶことも計算しているのだろう(買い被りかもしれないが)。

 相次ぐ白人警官による黒人射殺事件がデモや暴動につながったことからもわかるように、米国社会において人種問題とは「白人による黒人への差別問題」のことだ。トランプ登場後、中東などイスラーム圏出身者への偏見も増しているが、これは「(キリスト教vsイスラームの)宗教対立」もしくは「文明の衝突」として語られる。正規の労働ビザを持たずに低賃金の仕事をするヒスパニックへの偏見は「移民問題」だ。

 なぜアメリカ社会ではつねに黒人が「人種問題」になるのか。ここではアメリカの歴史家デイヴィッド・R・ローディガーの『アメリカにおける白人意識の構築』を紹介したい。

 

「人種は社会的構築物」という主張に懸念

 アメリカの黒人知識人が一貫して強調してきたのは、人種差別(レイシズム)は「黒人の問題」ではないということだ。「問題」があるのは、近代社会の普遍的な人権を否定し、人種や肌の色によって黒人を差別する白人なのだ。同様に性差別は「女性問題」ではなく男(男性中心主義)の問題だし、同性愛者への差別は異性愛以外の関係を認めないキリスト教原理主義者の問題だ。

 社会学では、「人種は生物学的ないしは身体的な事実(実体)ではなく、社会的な構築物(イデオロギー的な観念)」とされる。この主張がリベラルに好まれたのは、人種が実体ではなくイデオロギーであるとするなら、偏見を批判することで人種差別もなくなるはずだからだ。こうして、あらゆる言動から「差別」を探し出し、それを批判することが「差別とのたたかい」になった。その結果、社会にPC(Politically Correctness/政治的正しさ)が蔓延し、それに対する反動(バックラッシュ)としてトランプが登場したことはすでの多くの論者が指摘している。

 ローディガーはリベラルな歴史学者として、「人種は社会的構築物」というリベラルな主張に懸念を示す。

  先駆的な黒人社会学者オリヴァー・クロムウェル・コックスは、「経済的な諸関係が現代の人種関係の基礎を形成したとみなすべきである」として、「社会主義革命が達成されたら、〈南部貧困白人(クラッカー)〉も〈黒んぼ〉もこの社会から消失するだろう。なぜなら、革命後の社会は、もはやこの種(タイプ)の人びとを必要としなくなるだろうからだ」と主張したとローディガーは指摘している(出典:『アメリカにおける白人意識の構築』P26)。階級がなくなればイデオロギーである人種も消滅し、「黒人の解放」は自然に達成されるのだ。これでは、「人種問題」は階級問題に矮小化されてしまうだろう。――念のためにいっておくと、ここでの「黒んぼ」はNiggerの訳語で、かつては黒人の一般名称として使われた。日本の黒人史研究では、歴史文献の”Nigger”は「黒んぼ」と訳すのが通例になっている。

 トランプ現象のようなことは、アメリカの地方選挙では過去にも起きている。

 1989年に元クー・クラックス・クラン(KKK)のリーダー、デイヴィッド・デュークがルイジアナ州議会選挙で議席を獲得したとき、専門家は、「白人が人口のほぼ全体を占めるデュークの選挙区では失業率が高く、それゆえ選挙の争点は人種主義というよりは経済的な不満に向けられた」と解説した。これは、「白人労働者階級がトランプに投票したのは人種差別的な感情によるものではなく、中流階級から脱落しつつある経済的な苦境が理由だ」というよく聞く説明と同じだ。

 「人種問題は階級問題」というリベラルな論理は、白人の保守派によって「問題は人種差別ではない(あるいは、人種を「問題」にすべきではない)」と巧妙に反転された。重要なのは経済成長で、ゆたかさを取り戻せば「人種を中心に展開しているように見える衝突」も解決するはずだからだ。

 いうまでもなくこれは、トランプの「Make America Great Again」と同じ論理だ。白人による黒人への差別意識が経済的な土台(下部構造)から生まれてくるのなら、PC(政治的な正しさ)を神経症のように気にするのではなく、アメリカをふたたび偉大な国にすればなにもかもうまくいくのだ。


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橘 玲(Tachibana Akira) 作家。1959年生まれ。早稲田大学卒業。「海外投資を楽しむ会」創設メンバーのひとり。著書に『お金持ちになれる黄金の羽根の拾い方』『(日本人)』(幻冬舎)、『臆病者のための株入門』『亜玖夢博士の経済入門』(文藝春秋)、『黄金の扉を開ける賢者の海外投資術』(ダイヤモンド社)など。
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