ビートルズの名作、待望のハイレゾ配信

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ビートルズ8作目のオリジナルアルバム「サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド」

 「サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド」は、ビートルズ8作目のオリジナルアルバムである。楽曲によって、シタールやタブラーといった民族楽器なども使用しており、意欲作・実験作と評価されることもあるが、「ルーシー・イン・ザ・スカイ・ウィズ・ダイアモンズ」や「ストロベリー・フォールズ・フォーエバー」などの人気曲も収録されており、最も好きなアルバムにあげるファンも多い傑作。

 そんなサージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンドのハイレゾ版が配信開始となった。オリジナルの13曲に、新たにステレオミックスされた13曲のオルタネイト・テイクス、「ペニー・レイン」の2017年ステレオミックス、インストゥルメンタル・テイク、「ストロベリー・フィールズ・フォーエヴァー」の2015年ステレオミックス、2つのオルタネイトテイクスを追加し、合計で31曲を収録した大ボリュームなパッケージとなっている。

 品質は92kHz/24bitのFLAC音源で、生前ビートルズのプロデューサーを務めたジョージ・マーティンの息子ジャイルズ・ マーティンと、共同作業者のサム・オケルがオリジナルのマスターテープから、新たにミキシングした2017年版の音源だ。

現代的なミックスだが、レトロ感が生きている

 アルバムタイトルの「サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド」というのは、ビートルズの考案した架空のバンドであり、本作は、「サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンドのショーをアルバムにする」というコンセプチュアルなアルバムでもある。

 このため、観客の歓声なども演出の一部として取り入れられており、それによって感じられるライブ感も、アルバムを構成する要素のひとつとなっている。

 今回のミックスは、オリジナルのマスターテープから録音されているため、現代的なデジタルのレコーディング過程で生まれた作品とは明らかに気配が異なる。

 オーディオトラックにノイズをあえて載せ、擬似的にアナログ感を演出するという手法は現代のレコーディングでも広く使われているが、このアルバムには、それらの技術の元になっているであろう、本物のアナログノイズが収録されている。クリアだからこそ、レトロなノイズの表情がリアルに感じられ、高音質だからこそノイズが邪魔にならず、味わいとして作品全体の質感を高めている。

 それでいて、音質はクリアで、パン振り(ミックス段階での音の定位の調整)は、リズムパートやボーカルを軸に、上物を散りばめている構成が多く、現代的。民族楽器が多様されているこのアルバムは、こういった今風のミキシングとの相性が抜群だ。

 写真にたとえれば、デジタルカメラで撮影した画像に、アナログ感を演出するノイズ加工をほどこしてプリントしたものと、ネガフィルムから現像した写真を、現代の最高の技術でプリントしたものの違いであると思う。

波形にも表れている音質のよさ

 抽象的な話では伝わりにくい部分もあると思うので、波形編集ソフトに取り込んで、波形を見てみよう。

 これは1曲目「サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド」の波形である。

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「サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド」の波形

 波形の左右軸が時間、上下軸が音の大きさを表す。上の画像を一見してわかるように、ハイレゾ版の方が上下の振れ幅が小さい。つまり、音が小さい。

 多くの商業音楽はマスタリングの過程で音圧を高める作業を施す。音圧を高めるとは、音の小さい部分と大きい部分の差を縮め、全体を通して大きな音に聞こえる音源にする=音の密度を高めることを差す。

 ところが、音の小さいところと大きいところの差の部分には、音楽的なニュアンスが多分に含まれている。つまり、音圧を高めすぎると、音は大きく、迫力が出たようには感じられるが、音源からはニュアンスや表現性と言ったものが失われてしまうこともある(これも程度による。音圧を高めた方が作品としての質が高まるケースもある)。

 「ハイレゾ版」とひと口に言ってもさまざまで、現代的な手法で音圧をギリギリまで高め、ほとんどニュアンスなどを考慮していない音源のサンプリングレートとビットレートを高めて書き出しているだけのこともあれば、レコーディング段階から書き出しまで、ハイレゾ品質で進めている、完全なハイレゾ音源もある。

 クラシックの楽曲のマスタリングでは、ポップスと比較して、ニュアンスを重視する傾向にあるため、クラシックの音源とポップスの音源を交互に聴き比べると、音の大きさの違いが顕著にわかるはずだ。

 例えば、とあるポップスの音源(44.1kHz/16bit)の波形はこうである。

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とあるポップスの波形

 上のサージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンドの波形と比べて、ギザギザが少なくなっているのがわかるのではないだろうか(FLACとWAVというフォーマットの違い、ビットレート、サンプリングレートの違いを出さないために、両音源とも、波形の横幅を狭めている)。

 前述した「レコーディング段階から書き出しまで、ハイレゾ品質で進めている、完全なハイレゾ音源」にも、こういった傾向(現代のスタンダードなポップスから比べると、音が小さめで、ニュアンスが際立っている)は見られる。

 また、現代的なポップスでは、(ひとくくりにはできないが)迫力やグルーヴ感を強く演出する目的で、リズムパートに属するバスドラムとエレキベースの音に倍音を足すなどの処理をし、特別にイコライザーやアンプで調整しなくても、低域がぐっと前に出てくる音像にまとめるケースも多々ある。

 これをすると迫力が段違いに出るが、中域以上の帯域がマスクされ、ニュアンスが埋もれてしまう。これを防ぐため、今度は中域以上の音にも、低域パートに被らないように帯域を調整する処理をしたり、エンハンサーという専用のツールを使って音の輪郭を強調したりする。

 これが悪いということではない。程度の差はあっても、多重録音の音源は、ほとんどがこのような工程を経て商品になる。しかし、結果的に、どこかデフォルメされた音質になることは避けられない。よく、「スタジオで聴く音が最高だ」と言うが、理由の大部分はここにある。「とれたばかりの魚を、すぐに刺身で食べるのが一番おいしい」と言うのと似ている。

 今回の音源は、素材のニュアンスを可能な限り残しつつ、そこに固執せず、現代的なリスニング環境でも楽しめるように仕上げられている印象だ。

 1960年代に録音されたオリジナルのテープという最高の材料を使って、現代的な手法で、かつニュアンスを崩さずに丁寧にミックスされたことで、現代のレコーディングでは生み出せない音なのに、現代っぽい、不思議なバランスでもあり、そこが大きな魅力になっている。

個人的お気に入り楽曲

 購入したら、ぜひじっくりと聴いてほしい音源は以下のふたつ。全曲すばらしい音質だが、この2曲は、ハイレゾならではの楽しさが存分に味わえると思う。

ゲッティング・ベター」

 この曲はレコーディングに、フェンダーのストラトキャスターを使用したらしい。ストラトキャスターというギターは構造に由来する歯切れのいい音が特有で、ロックには欠かせない楽器のひとつ。ザクザクと金属的な響きなのに、耳には痛くない心地よい音が冒頭から楽しめる。

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フェンダーのストラトキャスター。画像はRadioheadのEd O'Brienとコラボレーションした現行モデルの「FENDER EOB SUSTAINER STRATOCASTER」(フェンダーウェブサイトより)

 ベースはリッケンバッカー「4001S」というモデルで、この時代はまだ低域を誇張するような処理が一般的ではなかったため、スタジオでベースを弾いている様子がよく伝わる。音圧が高くないので、弦の擦れる感じなどもリアルに収録されていて、当時のスタジオの様子を思い浮かべながら聴くのも楽しいだろう。

 注目ポイントは「Getting so much better all the time!」というメンバーのコーラスが重なるところ。このように厚みのある音の重なりは、音圧が高すぎると音の塊のようになってしまう場合があるが、この音源ではばらつきがきちんと出ていて、メンバーの声の個性もじっくりと聴き比べられる。

ウィズイン・ユー・ウィズアウト・ユー

 このアルバムの制作時、メンバーが東洋の文化に傾倒していたことは有名だ。この楽曲には、インドの絃楽器であるシタールと、打楽器であるタブラーが使用されているほか、リズムもインド音楽に影響を受けたオリエンタルなパターンとなっていて、終始インド的な雰囲気が漂っている。

 シタールのきらびやかな音は、これがいまから50年以上前のデータを元にしているとは信じがたいほどリアルで高音質。他の楽器にも言えることだが、楽器の個性をしっかりと収音し、かつオーガニックになりすぎない、録音環境のよさがすぐにわかるはずだ。特徴的な長い間奏では、こうした民族楽器同士のかけあいも楽しめる。

 またこの楽曲は、ボーカルがよく前に出てくる印象があり、ブレスにともなって口を開けるときの、口の中のつばの表情もわかる。大昔に録音されたデータにこれほどの情報が残っているという、歴史的な面白みも感じられるだろう。

 ヘッドフォンやイヤフォンで聴いても定位感や繊細な当時の空気感がよく聴き取れるし、スピーカーで聴いても明らかな質のよさが伝わってくる。当時の録音技術の味わいと、ジャイルズ・ マーティンの腕のよさも堪能でき、音楽としても、資料の意味でも、ぜひダウンロード購入して、プレイリストに加えたい作品だと思う。