都内で唯一、幻の「津軽そば」を出す神楽坂「芳とも庵」。蕎麦好きならずとも、その味を一度は確かめたい。解禁期間に限定の希少な「青首」といわれる野鴨を使った「鴨南蛮」はまさに絶品。この格別なジビエ肉の美味さを堪能して欲しい。

幻の蕎麦といわれる「津軽そば」が
都内で唯一、メニューに載っている店

 蕎麦といえば、一般的には信州蕎麦や江戸蕎麦の名が知られているが、地方には変わった名前をもった独特の作り方や食べ方の蕎麦※1がある。

 青森県南部の「かっけそば」、長野伊那市の「高遠蕎麦」、栃木佐野市の「大根そば」などが代表例だ。かっけそばを例に取ると、その由来は蕎麦の「かけら」の意味のようで、蕎麦生地を手のひらくらいの大きさに薄く延ばす。それを出し汁鍋に入れ、しゃぶしゃぶのようにして頂く。

 ここ最近、このような特徴的な蕎麦が脚光を浴びているが、中でも、このところ注目されてきたのが「津軽そば」だ。2011年4 月公開の映画『津軽百年食堂』にも津軽そばが登場している。 

神楽坂「芳とも庵」――幻の「津軽そば」、冬季限定の「野鴨」を出す都内で唯一の店「生粉打ち 芳とも庵」。もう20年を経たような老舗風の造作と門構え。すっかり神楽坂に馴染んでいるが、開店してまだ4年の若い店だ。

 この津軽そばを都内で唯一、メニューに載せているのが、神楽坂「生粉打ち 芳とも庵」だ。

 店は都営大江戸線の牛込神楽坂駅から歩いて4分程度。外観は老舗風の造作で、入り口には川の流れに水車の模型を回し、玄関石には綺麗に水を打ってある。

 店内には仕切りのあるテーブル席が数席。8人で宴席が張れる大テーブルもあり、グループで来ても、落ち着いて蕎麦屋の雰囲気が楽しめる設計になっている。

神楽坂「芳とも庵」――幻の「津軽そば」、冬季限定の「野鴨」を出す都内で唯一の店(写真左)テーブル席には間仕切りが置かれ、ゆったりと蕎麦が楽しめる。休日は地元の家族連れで賑わう。客席の横には打ち場があり、脱穀機、選別機、電動石臼が置かれている。5年後までにはさらに石抜き機、磨き機、カラー選別機も揃えたいというのが亭主の構想だという。(写真右)大テーブルの部屋もあり、宴席に使える。

 何よりも目を惹くのは、客席のすぐ横にある蕎麦の打ち場も兼ねた大きな製粉室だろう。客席から見える場所に打ち場や製粉室をあつらえた手打ち蕎麦屋は少なくないが、芳とも庵の製粉室は、他の蕎麦屋と比べても尋常ではないスペースに思える。

「お店本体が20坪で、その3分の1にあたる7坪ほどを製粉室に使ってしまいました」。

 そう笑うのは、亭主の芳賀威さん。まだ30代半ばの若さだ。

※1 独特な蕎麦:「高遠そば」は後に会津藩祖になる保科正之が高遠藩主時代に将軍をもてなしたもので、辛味大根を使う。だしに辛味大根と葱を入れ、焼き味噌を溶いて、蕎麦を漬けて食べる。「大根そば」は大根を千切りにして蕎麦と混ぜて食べる。蕎麦と大根のしゃきしゃき感を楽しむ。蕎麦は大根との相性がよく、他でも大根と組み合わせた蕎麦は多い。