トレーナー土橋のひと言が、僕の野球人生を変えた

 大学入学後、間もなくして行われた六大学野球春季リーグ戦。まだ1年生だった僕は、神宮球場の3階席からチームを応援していた。しかしライバル校には、すでに1年生時点で試合に出場しているピッチャーもいた。

 慶応・長田秀一郎、立教・多田野数人、法政・土居龍太郎。いずれも高校時代から全国的に名前を知られた存在で、みんな140キロ超のボールを投げる速球派だった。

 しかし、当時の僕は、最速で127、8キロ、平均すれば122、3キロのボールを投げるのが精いっぱい。単純に投げ合うだけで見劣りするのがハッキリ分かるような力量差だった。当然、試合でも勝てないだろう。

「いずれ3、4年生になったとき、早慶戦で神宮球場のマウンドに一度でも立てるといいな……」当時の僕にはその程度の目標しかなかった。もちろん、早慶戦のマウンドで恥ずかしい思いをするのは嫌だったし、そんな目標しか持てない自分をどこか情けなくも感じていた。

 土橋と出会ったのはその頃だった。

 土橋は早稲田大学野球部に初めて誕生した学生トレーナーだった。ある日、僕の投球練習を間近で見ていた土橋が

「和田のボールはまだ速くなるよ」

 と言った。

「フォームを修正すれば、おそらく140キロ以上は出るんじゃないか」

 その言葉を聞いた瞬間、僕は彼が冗談を言っているのだと思った。少し間を置いて、もしかしたら、からかっている可能性もあるとも考えた。何しろ、土橋が僕の投球をきちんと見るのは、その日がほとんど初めてのことだったのだ。彼が本気でその言葉を口にしているとは思えなかった。

 大学入試で例えれば、模試でD判定の出た受験生に、「君は勉強に対する姿勢がいいので、きっと合格するよ」と言っているようなものだろう。

 ピッチャーにとって、投球フォームを根本から変えることは、野球人生の一大事といってもいい。下手をすれば故障にもつながる危険な賭けでもある。しかし、このままではライバル校のピッチャーたちに勝てない……それなら、どうせ失敗したって、教職課程の単位を取って、高校野球の監督を目指せばいいじゃないか……そう考えた僕は、土橋のアドバイスを受け入れることを決断した。