松坂をはじめ、この大会で活躍した多くの選手が、高校卒業後にプロの道に進んだ。大学入学後に僕は、六大学野球の同学年のライバルたちに追いつくことを目指したが、そんな僕の目標である彼らでさえ、高校生の時点でプロから声がかかったか否かという観点から言えば、その年のドラフトで1位指名を受けた松坂たちより格下であるのだ。当時の僕と世代トップ選手たちの距離が、いかに離れていたか想像できるだろう。元来ネガティブな僕が、そんな同じ年の野球選手たちを見て、自信など持てるはずがなかった。

 このとき甲子園大会に出場したことで、「自分もけっこういけるぞ!」と勘違いしていたら、もしかしたら、大学時代に土橋のアドバイスには素直に耳を傾けられなかったかもしれない。そうすれば間違いなく、プロ野球のマウンドに立つ今の自分はいないだろう。

 自分にはまだ足りないところがある――。

 周囲にレベルの高い仲間がいたから、そういう謙虚な気持ちを抱き続けられた。僕は今でも「松坂世代」の一員であることに感謝している。

和田毅(わだ・つよし)

1981年生まれ。プロ野球選手(投手)。福岡ソフトバンクホークス所属。左投左打。
島根県出雲市出身。浜田高校ではエースとして甲子園に出場。早稲田大学では東京六大学野球の奪三振記録を大きく更新し、「ドクターK」と呼ばれた。
プロ入り後(福岡ダイエーホークス・当時)、1年目からローテーションの一角を担い、シーズン14勝。日本シリーズではルーキーながら第7戦で先発完投勝利、胴上げ投手となり、満票で新人王を獲得。2010年には自身初となる最多勝を獲得し、MVP・ベストナインにも選出された。2011年に左腕史上最速となる通算200試合目での100勝を達成。
2011年のオフに海外FA権を行使し、MLBボルチモア・オリオールズへ移籍。1年目開幕直前に左ひじの手術を受け、2014年にシカゴ・カブスへ移籍。その年、7月に3年越しとなるメジャー初登板を果たすと、シーズン4勝を挙げる活躍で日米野球のMLB代表に選出、日本のファンの前で凱旋登板を果たした。
2015年に日本球界への復帰を決断。2016年シーズンからは、福岡ソフトバンクホークスに所属し、同年に最多賞・最高勝率のタイトルを獲得。

<第2回>に続く