富も名声も手に入れたマイケル・ジャクソンは「幸福」だったのか?写真はイメージです

作家であり、金融評論家、社会評論家と多彩な顔を持つ橘玲氏が自身の集大成ともいえる書籍『幸福の「資本」論』を発刊。よく語られるものの、実は非常にあいまいな概念だった「幸福な人生」について、“3つの資本”をキーとして定義づけ、「今の日本でいかに幸福に生きていくか?」を追求していく連載。今回は「人間の幸福」について考える。

富も名声もなにもかも手にしたスーパースターは幸福だったか?

 マイケル・ジャクソンの『THIS IS IT』は、“幸福”とは何かを考えるうえで必見の映画です。

 キング・オブ・ポップと呼ばれた不世出のスーパースターは、50歳を迎えてロンドンでのコンサート開催を表明し、2009年4月からリハーサルに入りますが、本番まで1ヵ月を切った6月25日にロサンゼルスの自宅で急逝します。死因は麻酔薬の過剰投与でした。

 リハーサルの様子を収めた映画では、マイケルが完璧なコンサートを実現するために、バックダンサーの細かな振り付けやバンドのちょっとした音にまで気を配り、自身の限界まで努力していたことがよくわかります。

 スタッフから見れば完璧なパフォーマンスであるにもかかわらず、マイケルはまるで幼い子どものように、コンサートが大失敗するのではと脅えます。そのため重度の不眠症にかかり、こんどは寝られないことで体調管理が困難になってさらに不安が増し、主治医に全身麻酔で眠りたいと懇願するのです。

 富も名声もなにもかも手にしたスーパースターは“幸福”だったのでしょうか。人生の最後まで理想のエンタテインメントを追求したという意味では、本望だったのかもしれません。しかし『THIS IS IT』を観て、マイケルの人生に憧れるひとはいないでしょう。その表情からは、とてつもないプレッシャーに押しつぶされていく苦痛しか伝わってこないのです。

 なぜ幸福になれないのか。それはすべての限界効用が逓減するからです。