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ジョブズが描いた“未来の教育現場”は実現するか
教科書市場へ進出するアップルを待ち受ける前途多難

瀧口範子 [ジャーナリスト]
【第180回】 2012年1月25日
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 アップルは、まずは小学校から高校までの教科書からこの市場に手をつけるが、もちろん目論んでいるのは、そんなことではないだろう。大学、そして専門学校、はては成人教育や企業教育なども、いずれ対象にするだろう。教育市場は、80億ドル市場と言われ、大きなビジネスが期待できる。

 また、iTunes Uの行方も興味深い。これは、現在のところインターネット上で開かれた大学教育ということになっているが、これをもっと充実させて、教師と生徒とのやりとり、宿題の提出と採点、課外クラスなどの機能を盛り込めば、あらゆる教育用のシステムとしても使える。ひょっとすると、アップルはそんなことにも照準を合わせているのではないかと、私は思う。

 ところが、ことはそんなに簡単ではない。アップルが描く美しい未来の教育現場のようなことはなかなか起こらないと、厳しく指摘する専門家も多いのだ。

 まず、第一の問題はiPadの価格。アップルは、このデジタル教科書をiPadで利用することを前提としている。iPadの画面に美しく表示され、タップやスワイプ操作で簡単にページが繰れる教科書。だが、1台499ドルもするiPadを教育現場で使えるのは、結局は「1%の恵まれた家庭の子どもたちだけ」というのが一般的な見方だ。アップルではすでに1000の教育機関で「ひとり1台」のiPad導入が実現されているとしているが、それは99%の普通の学校にはとうてい無理。ことに、財政難に苦しむアメリカ各州の公立学校では、学校が買うこともできなければ、親が買い与えることもできない。ただの夢物語だろうというわけだ。

 デジタル教科書の権利問題もある。アップルが想定するのは、毎年学生1人1人のために新しい教科書を買ってもらうというもの。だが、先述したように、これまでの教科書は高かったとは言え、5年間使い回しするのが通例で、中身がすぐに古くならない数学などの教科については、それでも問題はない。しかし、複数のユーザーに数年間ライセンスするようなことは、アップルでは考えていない。だから、デジタル教科書は安くとも、毎年買っていたのでは、最終的には高くつくのではないかというのだ。

 また、例のプラットフォーム問題もある。アップルは、このデジタル教科書の利用をあくまでも閉じられたアップルのエコシステム内で考えている。つまり、いくらデジタル教科書が作られても、利用できるのはアップルのデバイスのみ。しかも、iTunesオーサーで制作されたデジタル教科書は、作るのもアップル・デバイス、利用もアップル・デバイスだ。そんな、ひとつのプラットフォームだけに利用が制限されるようなことを、公立学校があっさりと呑むことはおそらくないだろう。

 このように、アップルらしい革新的な取り組みとは言え、スムーズに利用が拡大することは考えにくい。そうでなくとも、デジタル教科書については、無料で教科書を提供するNPOもある。また、アップルの宿敵アマゾンは、教科書を安く販売する他、古本教科書マーケットもつくり、さらに学生向けのプライム会員も設定して、かゆいところへ手が届くようなサービスを展開中だ。

 そんな中で勝ち目はあるのか。絵の中の餅ではなく、本当に教育のために機能するモデルなのか。意味のある試みだけに、それを検証するのは大切だろう。


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瀧口範子
[ジャーナリスト]

シリコンバレー在住。著書に『行動主義: レム・コールハース ドキュメント』『にほんの建築家: 伊東豊雄観察記』(共にTOTO出版)。7月に『なぜシリコンバレーではゴミを分別しないのか?世界一IQが高い町の「壁なし」思考習慣』(プレジデント)を刊行。

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