「リーダーシップ」とはきわめて脆いものである

 ただし、重要なのは「仕組み」ではありません。最も重要なのは、「仕組み」を動かすときの原理原則。それこそが、これまでの連載でお伝えしてきたリーダーシップの鉄則です。これを忘れたとき、この「仕組み」は命を失ってしまうからです。

 たとえば、各子会社CEOの自尊心とオーナーシップを大切にする(連載第4回参照)。
 たとえ、そのとき業績が悪かったとしても責めるのではなく、合目的的に「どうすれば計画を達成できるか」とともに打開策を考える。そして、勇気づけて、元気になって現場に戻ってもらう。その元気な姿を見た現場のメンバーも士気が上がるはずですし、何よりも、CEOも同じように現場のメンバーの自尊心やオーナーシップを尊重し始めるはずです。ここに生まれるモチベーションが、「計画」を遂行する原動力となるのです。

 あるいは、「現物・現場・現実」を大事にすることも必須です(連載第13回参照)。私が、全体の「あるべき姿」を描くためには、その前提として、できる限り現場を体感するとともに、現場の話を傾聴することが不可欠です。現場の難しさを深く理解せずして、現場のメンバーが魅力を感じる「あるべき姿」など描けるはずがないからです。

 リーダーシップとは脆いものです。これらの原理原則から外れたとき、いとも簡単にそれは失われてしまう。そして、中期経営計画も現場の手足を縛る“数値コミットメント”に堕してしまうことになりかねない。だから、原理原則から外れないように、細心の注意を払ってこの「仕組み」を回す。そのことを、私は自分に課していました。

 そして、これが非常に威力を発揮してくれました。
 グループ全体の「あるべき姿」に共感してくれた各子会社のCEOは、みなが同じ方向を向いて全力を上げてくれました。自分がオーナーシップを持って策定した目標ですから迷いもありませんし、自信をもって社員とコミュニケーションができます。連載第22回で書いたように、どんなにサポートをしても経営方針を変えようとしない何人かのCEOはやむなく更迭しましたが、それもグループ全体の向かうべき方向を固める一因として機能してくれました。

 しかも、3年間の計画を立てる初年度は多大な労力を要しますが、次年度以降は前年の進捗状況を踏まえて、すでに決定している計画を修正するだけで単年度計画ができますから非常に効率的。本社は各子会社の現実を認識していますし、子会社は「全体最適」をイメージできているのでコミュニケーションもスムースになり、事業スピードも格段に向上しました。

 その結果、ブリヂストン・ヨーロッパのCEOに就任した当初は、グループ全体の経営状況はきわめて厳しい状況にありましたが、中期経営計画に掲げた「黒字体質と成長体質をあわせもつグループを確立する」という目標を達成することができました。

 何より嬉しかったのは、ブリヂストン・ヨーロッパのCEOを勤め上げ、日本に帰任する直前に、数人の子会社CEOが訪ねてきて、「これまで、ありがとうございました。あなたに、経営とは何かということを教えてもらった」と謝辞を伝えられたことです。私のビジネス人生において、最も嬉しい瞬間のひとつとなりました。