皆さんこんにちは。

 この原稿はポートランドに向かう飛行機の中で書いています。ご愛読いただいている皆様のおかげで、この連載「itトレンド」は200回目を迎えました。読者の皆様、そして連載を支えていただいておりますASCII.jpと、編集担当の岡本さんにも、感謝をお伝えしたいと思います。ありがとうございます。

 この連載は、筆者が米サンフランシスコ郊外の街バークレーに移ってから始まりました。東京にしか住んだことがなかった筆者がホームタウンを海外に変えた2011年は、iPhoneで言えばSiriが初めて搭載されたiPhone 4Sの年になります。

 アメリカではスマートフォンによって、10年前に日本で起きたケータイ革命のような変化が起き始めたタイミングでした。

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アメリカの飲食店は当たり外れが大きいですが、Yelpのようなクチコミサイトによって、見知らぬ土地に行っても外れに出くわすことは大きく減少しました。外れもまた旅の1つの思い出ではあったのですが……

アメリカでモバイルによって社会が変化した時代を過ごす

 AppleはiPhoneがメインのビジネスになり、世界最高の時価総額をGoogleとともに争うようになりました。そのGoogleやFacebookはモバイルを主戦場に移し、位置情報の活用に長けたスマートフォンアプリによって、シェア経済などの新しい概念が生まれました。

 なにより最近感じていることは、アメリカでの都市生活が、スマートフォンによって大きく変革したことにあります。

 7年前、アメリカのインフラには失望しかありませんでした。鉄道とバス網が比較的整備されたバークレーですら、休日になると自家用車がなければ買い物すらままならない状態でした。公共交通機関と商業地があまりに関連性を持たない都市設計は、もちろんクルマ社会を前提としているからでしょう。

 そうした都市のインフラ脆弱さを補ったのが、シェア経済などを活用するモバイルアプリという構図です。

 今朝も朝5時に自宅を出て空港に向かいましたが、バスや鉄道が動いていなくても、Uberを使えば、ちゃんと30分でサンフランシスコ国際空港までたどり着けるのです。平日の昼間に鉄道を使う場合の半分の時間です。

 しかしUberがなければ、自家用車で家族に送ってもらうか、そもそも鉄道が動いている時間の飛行機を取るといった工夫をしなければなりません。筆者が早朝の飛行機を予約できたのも、Uberのおかげなのです。

 残念ながら、筆者が予約していた朝6時44分発のポートランド行きの飛行機は、「ドアが閉まらない」というトラブルのせいでキャンセルになり、次の便に乗ることになってしまいました。これはスマホでは防げない不確実性ですね。

実現可能性というキーワード

 この連載でもときどき指摘している「実現可能性」というキーワードは、モバイル化による問題解決の最大テーマです。Uberはスマホアプリだけで、移動における実現可能性を担保しました。

 そのほかにも食の領域では、Yelpによってレストランの「はずれ」を引くことを防いで、おいしい食事への可能性を高めましたし、OpenTableでは予約によって、そもそも着席してきちんと食事が食べられるようになりました。

 2018年にモバイルでの実現可能性を解決する分野の中心は、ヘルスケアや医療だと見ています。すでにAppleはiOS 11.3で医療情報を複数の医療機関から集める仕組みを実現しますし、Amazonは自社向けに健康保険と医療サービスを一体型で解決する取り組みを発表しています。

 人が健康に暮らすこと、あるいは生死にかかわる病気と向き合うことは、生物にとって最大の可能性である「生存可能性」を左右する問題です。モバイルがいよいよ、人類の最大の「可能性」である「生きること」に取り組んでいる。

 そんなダイナミズムには感動を覚えつつ、日本を始めとする諸外国と比較し、いかに米国の生存可能性が脆弱であるかをあらためて目の当たりにしているのです。

情報が生存可能性を左右する

 スマートフォンによって実現されたことの1つに、情報が持つ速度が思い切り上昇したことがあります。

 筆者は東日本大震災を学会発表で訪れていたつくば市で遭遇しました。圧倒的な被害の大きさに「情報」が生死を分けるという考えにすらたどり着けないショックを受けました。

 そうした緊急時には情報も遮断されますから、自分の状況判断や経験則に基づく勘、そして事前の訓練などによる準備が大切になります。しかし米国で暮らしている中で、Twitterを通じたナウキャストの情報が、前述の生存可能性を担保する可能性に何度か遭遇してきました。

 米国はテロの標的となっていますし、そもそも銃が身近に存在している社会です。日本で暮らしている頃はあまり意識したことがありませんでしたが、やはり人が集まる場所には必要以上に近づかないように心がける緊張感はいまだに捨てられません。

 また、ヘリコプターが近所の空を飛んだら、まずTwitterを開いて、それが交通事故なのか、カーチェイスなのか、強盗なのか、銃撃事件なのか、デモなのか、テロなのかを確認する癖がつきました。

 いずれにしても、「どこに近づいてはならないのか」をまず把握し、家族や、必要であれば隣人にシェアして注意を促すところまでが、ルーティンとなったのです。

スマホを握りしめて身構えることは滑稽か?

 おそらく日本で暮らしている人にとっては、「スマホを握りしめながら、常に身構えて生活している」筆者を滑稽に見るかもしれません。

 自分でもときどきそう思いますが、いくらスマホが情報手段として、また実現可能性を担保するツールとなっても、「最悪の可能性」を排除することまでには至っていないことの表れでもあります。

 しかし実現可能性を担保するスマホから得られる情報についても、注意が必要になりました。フェイクニュースに代表される一連の動きは、非常に効果的に、社会の分断や不安感の増長を招いています。

 特に2016年以降、特にロシア方面の機関が広告や記事によって、が米国や英国、フランス、ドイツなどの選挙に対して、情報で介入しているとの報告が指摘されるようになりました。

 いわゆるフェイクニュースのシェアの温床となったFacebookは、ユーザーの滞在時間という重要な広告指標を失う身を切る決断をしてでも、そうしたニュースを簡単に拡散させない仕組みを取り入れつつあります。

 もちろん、変化が必要なのはサービス側だけではなく、我々にもリスクに対する許容度を狭める対応が必要になってきます。フェイクニュースを流す側からすれば、そうした心理を生み出すこと自体が、狙いの1つになっているかもしれません。

日本ではどうなのか?

 日本は米国に比べて、地政学リスクが増大している地域と評価されています。その一方で、優秀なインフラと安定した社会によって、そのリスクを日常生活で感じにくいかもしれません。

 簡単に言えば、筆者のようにスマホを握りしめて身構えて生活している人はほとんどいないだろうということです。もちろん、そのままリスクが低い状態が現実であれば文句はありませんし、筆者も生存可能性が圧倒的に高い日本に戻ることになるでしょう。

 しかし、実現可能性を広げることやそういう場所を選ぶことと、あらゆる可能性を排除しないことは別の問題のように思います。

 今後もモバイルが、いろいろな可能性を拡げていくテクノロジー「it」であることを祈りつつ、引き続きご愛読、よろしくお願いいたします。


matsu

筆者紹介――松村太郎

 1980年生まれ。ジャーナリスト・著者。慶應義塾大学SFC研究所上席所員(訪問)。またビジネス・ブレークスルー大学で教鞭を執る。米国カリフォルニア州バークレーに拠点を移し、モバイル・ソーシャルのテクノロジーとライフスタイルについて取材活動をする傍ら、キャスタリア株式会社で、「ソーシャルラーニング」のプラットフォーム開発を行なっている。

公式ブログ TAROSITE.NET
Twitterアカウント @taromatsumura