橘玲の世界投資見聞録 2018年2月23日

メキシコなどの麻薬カルテルを撲滅する
唯一の「経済学的」解決法は、麻薬を合法化すること
[橘玲の世界投資見聞録]

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 2016年末にアメリカ・テキサス州のエル・パソから国境を越えてメキシコのシウダー・フアレスを訪れた。というよりも、私はただ国境を流れるリオ・グランデ(大きな川)の写真を撮りたかっただけで、いやいやメキシコに入国したといったほうがいい。なぜならシウダー・フアレスは、「戦争地帯を除くと世界でもっとも危険な都市」のひとつだからだ。

[参考記事]
●メキシコ国境の先にある「世界でもっとも危険な街」とトランプ新大統領の主張の前にできていた「国境の壁」
 

 なぜこんなことを思い出したかというと、イギリスのジャーナリスト(『エコノミスト』誌エディター)トム・ウェインライトの『ハッパノミクス 麻薬カルテルの経済学』を読んだからだ。ちなみに原題は『NARCONOMICS』で、Narcotic(麻酔薬)を短縮したNarco(ナルコ)はドラッグの俗語だ。「ナルコノミクス」は“ドラッグ経済学”のことだが、これではなんのことかわからないから、「ハッパノミクス」は原タイトルのひねりをうまく活かした洒脱な邦題だ。

 この本の最初で、ウェインラントは2010年にシウダー・フアレスを訪れたときのことを書いている。メキシコシティから国内便の搭乗前に、彼はセキュリティコンサルタントから追跡用のデバイスを渡される。それを右足の靴下に隠しておけば、たとえなんからの事情でホテルにチェックインできなかったとしても所在を突き止めることができるというのだ。

 なぜこんなスパイのようなことをするかというと、シウダー・フアレスは路上殺人、大量虐殺、死体から切り離された生首などで地元マスコミを賑わしていたからだ。ジャーナリストが粘着テープでぐるぐる巻きにされ、車のトランクに押し込められる事件もあとを絶たなかった。――とはいえ、肝心の追跡デバイスは機能しなかったのだが。

 ウェインラントを危険な取材に駆り立てたのは、どうしても知りたいことがあったからだ。それは、「アメリカ政府をはじめとして先進諸国が莫大な税金を「麻薬戦争」に注ぎ込みながらも、麻薬カルテルが生き延びたばかりか、ますます隆盛を誇っているように見えるのはなぜか」という疑問だった。「世界の納税者たちは、違法薬物との戦いに年間最大1000億ドルを支払っている。アメリカだけでも、連邦レベルでおよそ200億ドルを拠出しているし、年間170万人が麻薬がらみで逮捕され、25万人が刑務所に収監されている」というのに……。

 この謎を解くためのウェインラントの武器は経済学だ。たとえアンダーグラウンドであってもドラッグが巨大ビジネスであることは間違いなく、ギャングたちの行動は経済学のさまざまな理論で解明できるはずなのだ。

エル・パソ側の国境からシウダー・フアレスを眺める。ゲバラの絵が描かれている  (Photo:©Alt Invest Com)

 

メキシコのシウダー・フアレスの暴力の連鎖

 じつはシウダー・フアレスには、日本人ジャーナリストの工藤律子氏がウェインラントと同じ2010年秋に取材に訪れている。『マフィア国家 メキシコ麻薬戦争を生き抜く人々』によれば、工藤氏もメキシコの友人たちから「本当に行くの?」「やめておいたほうが、いいと思う」と忠告されている。

 現地で活動するNGOに案内を頼んだ工藤氏は、子どもたちから信じがたい話を聞くことになる。

 NGOが運営するコミュニティセンターで出会ったあどけない少女は、自分の体験をこう説明した。

 「兄さんは、そこのコートで友だちと遊んでたんです。私は、コートの横の坂を下りた所にあるお店へ行って、帰る途中でした。コートの前の道に、白い車が2台、停まっているのが見えました。その横を通りすぎてまもなく、車から男たちが飛び出してきて、コートのなかの人に向かって、銃を撃ったんです。兄のとなりに立っていた男の子が殺され、兄の足にも2発、流れ弾が当たりました。今も、兄の足にはその痕が残っています」

 淡々と語る少女に工藤氏が「怖くなかった?」と訊くと、「もう慣れたわ」というこたえが返ってきた。

 そのほかにも、目の前で親が撃たれ、自分の上に血まみれで倒れこんできた経験をもつ子ども、両親が殺され保育施設に通ってこなくなった双子の姉妹、1歳の頃に父親が撃ち殺され、父の名前を訊かなくなった子どもなど、暴力と犯罪を経験したことのない子どもを探すのが難しいほどだ。

 シウダー・フアレスで唯一のカウンセリングを行なっている臨床心理士によると、親を殺された5歳から8歳の子どもたちの絵は、銃や血が多く描かれ、人物の顔にしばしば目や鼻などがない。これは「自分は目撃したくない」と記憶を否定する表われだという。

 父親を殺され祖母と共に暮らす10歳の男の子は、「大人になったら、殺し屋を雇って、パパの仇をとるんだ」と語った。こうして暴力の連鎖がつづいていく。

 なぜこんなことになるのだろうか。

 1980年代まで、メキシコは地方ごとにギャング組織はあったものの互いに抗争を繰り広げるようなことはなかった。その後、治安が急速に悪化していくのだが、その理由として、アメリカの不法移民送還によってカリフォルニアのヒスパニックたちのギャング文化が伝えられた、カルデロン大統領の強権的な麻薬政策の失敗、1994年の北米自由貿易協定(NAFTA)によるグローバリズムなどさまざまな理由が挙げられている。どれも一理あるものの、ウェインライトによれば、シウダー・フアレスの悲劇は単純な経済学の原理で説明できる。それは稀少性だ。

夕闇のシウダー・フアレス   (Photo:©Alt Invest Com)

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橘 玲(Tachibana Akira) 作家。1959年生まれ。早稲田大学卒業。「海外投資を楽しむ会」創設メンバーのひとり。著書に『お金持ちになれる黄金の羽根の拾い方』『(日本人)』(幻冬舎)、『臆病者のための株入門』『亜玖夢博士の経済入門』(文藝春秋)、『黄金の扉を開ける賢者の海外投資術』(ダイヤモンド社)など。
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