20~30代の若手ビジネスパーソンは、これからどう生きればいいのか?トヨタの実践力とマッキンゼーの戦略プランニング力を身につけた企業改革専門コンサルタントの稲田将人氏は、最新刊『戦略参謀の仕事』(ダイヤモンド社)の中で、「今の会社で参謀役を目指せ」とアドバイスしています。本連載では、同書の中から一部を抜粋して、そのエッセンスをわかりやすくお伝えしていきます。

社長業の精度を、いま事業に必要なレベルにまで<br />高められるか?

社長業の分業が最重要課題だが……

 営業や商品の仕入れ、開発などのライン系の業務、そして人事や経理などの管理系の業務は、「たくさん販売して売上を上げる」「社員のやる気を最大化しつつ、人件費率を管理する」など職責が明確であり、比較的、分業を行いやすい業務です。

 それぞれが専門的にうまく分業設計され、かつマネジメント(=部署内のPDCA)が正しくなされていれば、本来は人員が増えるにつれて、業務の精度はより向上していくものです。

 しかし、これらの機能が充実し、高められていったとしても、社長業が楽になるわけではありません。事業の成長、発展や競争の激化に伴い、経営の立場での判断や経営課題は、量だけではなく、その内容や質もどんどん、次のレベルに上がっていきます。

 社長業の分業が、必然的に最重要課題になるのですが、いかんせん、これについてはそう簡単に話は進みません。そもそも忙しさは麻薬のようなものです。

 自分の忙しさに酔ってしまっている状態は、一般のビジネスマンだけではなくワンマントップにも散見されます。上辺の結果が良い時には、振り返ろうとさえもしなくなります。誰にも指摘されないがゆえに客観性を失い、ひとりよがりのまま、突き進んでしまっている場合もあります。

 そういうワンマントップの中には、ロジックを捻じ曲げても、自分のやりたいことを正当化させる企画をつくらせる人がいます。

参謀役には、社長との相互信頼関係が必須

 ある会社で、個性の強すぎるくらいに強い創業者トップから、「うちの経営企画室長の○○だが、いい学校も出ているし、頭はいいはずなんだが、何かおかしい。ちょっと次の販促プランづくりを○○と一緒に行ってくれないか」と頼まれたことがあります。

 共に作業をしてプランが出来上がったのですが、その時の彼の言葉で、彼自身の問題が明らかになりました。

「このプラン、すごくまっとうだし、『理』にかなっていて非の打ちどころもないんだけどね。けど、うちのトップが描いてほしいのは、これじゃないと思うよ」

 彼は、長くトップの側近として寵愛を受け、全社に発信するプランをまとめる役割を担っていました。そこで彼は「理」にかなったプランをまとめ上げる能力よりも、トップが求めるものを察してまとめる能力を磨いていたのでした。

 結局、私は彼の主張を退け、そのプランを上申しました。そしてプランは実行され、上手くいったのですが、もしこのプランを、彼がひとりで持っていった場合は、通ったのかどうかはわかりません。

 社長の業務を分担する参謀役には、社長との相互信頼関係が必須です。

 この会社のワンマントップにとって彼は、自分に尻尾を振ってくる愛犬のように、かわいいイエスマンであり、絶対に裏切らない存在としての信頼を得ていました。

 しかし、実際にその任に必要な能力という意味では、とても経営を支えることのできるレベルには至っていませんでした。

 その後日談ですが、そのトップからまたもや呼び出され、「○○はなぜ、いまだにおかしいんだ?どうすれば治るのか?」と聞かれました。

「そんなのは簡単ですよ。『今後は、俺の方ではなく、市場、組織、そして現場の方だけを向いて仕事をしろ』と伝えればいいだけです」こう答えたところ、トップは一瞬、考えたうえで、「うむ、それは無理だな」この一言で話は終わり、その後、二度とこの相談を受けることはありませんでした。

参謀は、トップのイエスマンではない

 企業という船における船頭、船長である社長の意思決定は、重責を伴います。 客船の前方に大きな氷山が現れ、激突する危険が迫ってきていても、船長を含め、誰かがそれを認識しなければ、乗員、乗客は楽しく船上パーティに興じているかもしれません。

 仮にレーダーに氷山が映っていても、誰もレーダーを見ていない、あるいは、その表示が解読しにくく、船長や操舵士が気付かなければ、迂回のための舵取り操作は行われません。

 早晩、大惨事につながる危機的状況が進行していても、気付きがなければアクションにはつながりません。

 事業規模の拡大や競合状況の変化などで事業のステージが変化し、時がたつにつれて求められる事業の運営力、すなわち「実践力」のレベルは必然的に高度化します。特に、事業が急拡大している時には、その勢いゆえに売上の推移だけを見れば表面上は順調でも、水面下に大きな課題が存在していることは多々あります。

 現場において、黄信号や赤信号が灯っている危険な状態であるにもかかわらず、事業責任者がこれを気に留めていなかったために、その後の惨劇につながってしまった例は、枚挙にいとまがありません。長期に渡ってうまくいっている企業は、事業環境を正しく把握し、市場の欲するものをとらえる手順や考え方が整っていて、かつ常にその改善を続けています。

 もしこれができていないならば、事業運営の機能不全、あるいは社長業そのものの機能不全が進行している状態にあると考えるべきです。組織の発展過程において、分業を行うのがもっとも難しいのが、本来、これらのことに未然に対処するなど、全体観をもって、正しい舵取りを行う社長業です。

 言うまでもなく、参謀に求められるのは、トップのイエスマン役ではありません。

 トップとの関係を悪化させてはいけませんので、気づかいは大切ではあるものの、それとイエスマンであることとは、似て非なることです。

 参謀業の存在意義は、企業、事業の運営を最適化するため、経営判断も含めた社長業の精度を、今、求められるレベルにまで高めることです。

 そのためには、自律的に考えて自ら動ける「参謀」体制を機能させることができるかという、この一点に集約されるでしょう。

 参謀とは、会社の将来も見据えたうえで、事業最適化を進める視点で自ら考え、自ら動いて社長業をカバーする役割なのです。

稲田将人(いなだ・まさと)
株式会社RE-Engineering Partners代表/経営コンサルタント
早稲田大学大学院理工学研究科修了。豊田自動織機製作所より企業派遣で米国コロンビア大学大学院コンピューターサイエンス科に留学。修士号取得後、マッキンゼーアンドカンパニー入社。マッキンゼー退職後は、企業側の依頼にもとづき、大手企業の代表取締役、役員、事業・営業責任者として売上V字回復、収益性強化などの企業改革を行う。これまで経営改革に携わったおもな企業に、アオキインターナショナル(現AOKIi HD)、ロック・フィールド、日本コカ・コーラ株式会社、三城、ワールド、卑弥呼などがある。ワールドでは、低迷していた大型ブランドを再活性化し、ふたたび成長軌道入れを実現した。
2008年8月にRE-Engineering Partnersを設立。成長軌道入れのための企業変革を外部スタッフ、役員などの役目で請け負っている。戦略構築だけにとどまらず、企業が永続的に発展するための社内の習慣づけ、文化づくりを行い、事業の着実な成長軌道入れまでを行えるのが強み。
著書に『戦略参謀』『経営参謀』(以上、ダイヤモンド社)、『PDCAプロフェッショナル』(東洋経済新報社)等がある。

※次回へ続く