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一度開けたら二度と閉めることのない24時間営業。
実家を継いだ店長の気が休まらない日々

市川純子 [(財)日本ヘルスケアニュートリケア研究所]
【第5回】

Eさんの実家が酒屋からコンビニに業態変更したのは今から20年前。Eさんが高校を卒業した年だった。バブル崩壊と言われたころだが、今よりまだずっと景気はよかった。そのころ、アルコール販売が酒屋だけのものではなくなるという噂が流れた。両親は悩み、「酒屋がコンビニエンスストアになると、24時間アルコールも販売できるから有利だ」と、説得されてコンビニのフランチャイズ加盟を決めた。

当日欠勤のシフト調整に頭を抱える
コンビニエンスストア店長Eさん(38歳)

24時間営業、年中無休
3度の食事も店の商品。

 実家の酒屋は、日本酒に詳しい祖父が全国の有名な日本酒の蔵元と契約したおかげで、なかには貴重な銘柄もあり、日本酒の品揃えでは昔から定評があった。しかし焼酎ブーム以降、日本酒離れがすすんで注文も年々減少していった。

 両親は昔ながらの酒屋にこだわり過ぎ、ワインブームにも乗り遅れた。取引先だった飲食店のなかには「すみません。フランスだけでなく、チリやオーストラリアのワインを取り揃えているお店に切り替えます」と丁寧に理由を告げて他の店に切り替えていくところも出てきた。

 同業の酒屋仲間や地元のたばこ屋がどんどんコンビニに業態変更していった。Dさんの両親は、悩んだ末に地元の若者にこの街で買い物をしてもらいたい、シャッター商店街にしてはいけないという気持ちを込め、新しいチャレンジを決めた。

 酒屋時代は大みそかまでは営業したが、正月休みはあった。お盆休みには家族で海水浴などにも行けた。日曜日は定休日。定休日の日曜日の夕飯は地元の中華料理屋で外食をした。平日は店番で忙しい母親と、ゆっくり話せる唯一の時間だった。両親が頼むタンメンともやしそばをスープ替わりにチャーハンを食べる。これがEさんのおふくろの味だった。

 Eさんは、コンビニがオープンした日のことを鮮明に覚えている。「24時間営業、年中無休ということは、一度開けたら二度とこの店を閉めることはないのだ……」。そう考えると不思議な気持ちになった。

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市川純子 [(財)日本ヘルスケアニュートリケア研究所]

1961年生まれ。財団法人日本ヘルスケアニュートリケア研究所 所長。広告代理店で大手私鉄の広報を担当。その後PR会社に転職し、医薬品や化粧品分野に携わる。2003 年にJ&Tプランニングを設立。代表取締役に就任。研究や情報の開発も行いヒット商品を数多く手がける。医療健康美容分野の研究のために2010年財団を設立。


気はやさしくて胃痛持ち

失われた20年と呼ばれる日本経済。そんな長い停滞のなかをがむしゃらに、ひたむきに日々の仕事・生活を生きてきたビジネスマンたち。さまざまなストレスに耐えてきたカラダもそろそろ注意信号を出す頃。いろんな職場のいろんなビジネスマンのいろんな悩みと不調を少し悲しく少しおかしく紹介します。

「気はやさしくて胃痛持ち」

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