前回、「糸で引くことはできるが、押すことはできない」(金融引き締めは効果を持つが、金融緩和政策で経済成長率や物価上昇率を引き上げることはできない)と述べた。

 このことは、実際のデータで確かめられる。これについては、前回の最後に簡単に紹介した。以下では、これをもう少し詳しく見ていくことにしよう。

2001年からの量的緩和政策で
当座預金増が目標とされた

 2001年3月19日から2006年3月9日まで、「量的緩和政策」が実施された。このときに行なわれたのは、つぎの2つである。

(1)日銀当座預金残高の増加

 第1は、市中銀行が日銀に持つ当座預金の残高を増やすことだ。これによって、市中のマネーサプライを増やし、物価上昇率を高めることが目的とされた。

 なぜ準備預金を増やせばマネーサプライが増えるのか?

 仮に、ハイパワードマネー(マネタリーベース)とマネーサプライの比率(貨幣乗数)が一定であれば、「準備預金を増やせばマネーサプライが増える」ということになる(注1)

 そのメカニズムについて、このときに言われたのは、つぎのようなことだ。

 義務付けられている所要額を大幅に上回って銀行が過剰な準備預金を保有すれば、銀行は金利なしの資金を保有するので、収益機会を逃すことになる(注2)。したがって、利益を得るために、貸し出しなどを増加させるはずだ。そうなれば、マネーサプライが増加する(しかし、実際には、後で述べるように、このメカニズムは働かなかった)。

 日本銀行の当座預金は、量的緩和開始前の01年2月頃には、4兆円程度だった。量的緩和政策によって、当座預金残高を5兆円程度とすることが目標とされた。その後8回にわたって目標が段階的に引き上げられ、04年1月以降は、30兆から35兆円程度となった。

 (注1)「ハイパワードマネー」とは、現金通貨(日本銀行券と硬貨の合計)と民間金融機関が保有する中央銀行預け金(日銀当座預金残高)の合計のこと。日銀の統計では、「マネタリーベース」と呼ばれている。「ベースマネー」と呼ばれることもある。

 通貨量の残高を表すものとして、2008年4月までは「マネーサプライ」という言葉が使われていたが、現在では「マネーストック」と呼ばれている(定義も若干変更されている)。マネーストックの指標M1、M2、M3については、前回述べた。本稿では、08年以前の文献も参照するため、「マネーサプライ」という用語を使うこともある。

 (注2)従来、日銀当座預金は無利子であった。しかし、2008年11月に「補完当座預金制度」が導入され、日銀当座預金の平均残高が必要準備額を上回る場合には、上回った金額について、日銀が金利を支払うこととなった。
http://www.boj.or.jp/mopo/measures/mkt_ope/oth_a/index.htm/