連載の第5回目はパイロットの登場である。JALの経営が傾いてからというもの、パイロットは高い人件費の象徴のように言われ、経営悪化にもかかわらずストも辞さない非常識な集団とも批判されてきた。彼らの意識がどう変わってきたのか、大変興味深いところだ。

自分たちは「会社人」でもある
その意識が希薄だった

【その5】機長・小川良の場合<br />「会社の数字が“見える化”されて、<br />会社人としての意識が強くなった」機長 787運航乗員部部長・小川良(おがわ りょう)「私自身もみんなも、JALフィロソフィを指針とすることが多くなりました」
Photo by Kazunori Ogura

――インタビューに応じてくれた小川良は、現在、「機長 787運航乗員部部長」という肩書を持つ。 航空大学校を卒業し、1975年にJALに入社。DC10、ボーイング737、次いで「ジャンボ」の愛称で親しまれたボーイング747-400、同777 に乗り、そして最新鋭機である787のライセンスを取得した。30年以上、操縦桿を握り続けてきた超ベテランパイロットである。いつものように、会社更生法を申請したあの日(2010年1月19日)の前後に、何を感じたかから語ってもらおう。

小川 そうですね。正直申し上げて、私を含めて、周りの者も会社が潰れるとまでは、思っていませんでした。パイロット仲間とは「なんとか盛り返そうよ」と話してました。ただ、盛り返すための具体策がある訳ではなく、今まで通り安全運航を続けていれば、会社は大丈夫だと思っていました。

 破綻の直前には会社の状況も聞き、もし破綻した場合には、どう対応しなければならないかということも伝えられていましたので、心づもりはできていました。それでも実際に会社更生法を申請したときには、「来るものが来たんだな」と感じました。