あの東日本大震災から1年が経つが、人々の不安は消えない。通勤時の電車で雑誌の中吊り広告を見上げると、関東地方を襲うかもしれない直下型の大地震や、富士山大噴火についての記事が溢れている。

 大噴火はともかく、次の関東大震災(首都直下地震)については、3.11前から「いつか来る」ものと受け取られていた。それが3.11以降は「もうすぐ来かも」になった。そして年明けには、「マグニチュード7級の首都直下型地震は今後4年以内に70%の確率」(東京大学地震研究所)、「5年以内に28%、30年以内に64%」(京都大学防災研究所)と、権威ある研究機関がダメ押しのように次々と首都直下地震の可能性を示唆するに至った。

 後者の「28%」の時点で、相当に高い確率である。これはもう「近いうちに必ず来る」と備えておいたほうがよいレベルだ。これらの発表を踏まえてのことか、興味深い実験が行なわれた。

 東京・丸の内の企業などでつくる「東京駅周辺安全安心推進協議会」が中心となり、オフィス街の地下通路で帰宅困難者を受け入れられるかどうかを検証する社会実験が、1月に行なわれた。募集に応じた約30人が地下通路にマットやシートを敷き毛布をかけて眠る、水を注ぐだけで食べられるアルファ米を受け取り実際に試食するといった一晩を過ごしたのだ。参加者からは「寒かった」「(非常食は)けっこう美味しかった」という意見が聞かれたという。

 どのようなデータが得られたのかは、同実験を報道する各種ソースを見てもわからない。オフィスビルの一階部分ではなく、地下通路を選んだ理由も不明だ。実験に協力した不動産管理会社によると、「ビルの倒壊はほぼあり得ない」とのことであるが……。いずれにせよ、実験の結果が出るのは先のことだろうし、「寒かった」「美味しかった」だけではない報告が上がるはすだ。もちろん、実験が広く報道されること自体に「帰宅困難に自己責任で備えておけよ」とのアナウンス効果もある。

 3.11時の東京で見られた一晩の帰宅困難への備えとしては、関東を中心に9都県市がコンビニやファミレス、ガソリンスタンドと協定を結ぶなど、徒歩帰宅者を支援する体制を整えている。個人レベルでも、当日の経験から「無理に帰宅を急がない」「家族との連絡手段の確保」などの対策を進めている人は多いだろう。

 問題は、一晩の帰宅困難では済まないレベルの震災への対応だ。震度7までを想定した1981年の新耐震基準を満たさない建物は、東京都では約30%を占める。ガラス片の散乱や落下物、塀の倒壊に備えているとは思えない建物もザラに見かける。

 これらの補修や建て替えの経済効果は大きいのではないかと思うが、その余裕がないからこそ、このような現状になっているのだろう。あるいは、建て替えの呼びかけが不安を煽り、マイナスの経済効果に加えて、それこそ東京離れを引き起こすとの懸念でもあるのだろうか。

(工藤 渉/5時から作家塾(R)