部屋を出ると全身から力が抜けていった。

「話がかみ合っていなかった。俺は出来る限り正確に訳したつもりだが」

「あれで十分だ。大統領に指示されたことはやった。アメリカ大統領特使が、直接手渡したってことが重要なんだ。あとは、総理の判断だ」

 ロバートは平然とした口調で答えた。

 森嶋は戸惑っていた。今日はロバートのアメリカ時代の友人とだけ紹介されたが、今ごろ国交省では大騒ぎになっているはずだ。言い訳を考えると今から憂鬱な気分になった。

 ロータリーで待っていた車に乗り込むとすぐに走り始めた。

 後部座席に座っていた大使館の男がロバートに身体を近づけ、低い声で何ごとか言った。

 ロバートは頷きながら聞いている。

「次の便で帰国することになった。ランチでも一緒に食べたかったんだが。成田までは同行してくれ」

 森嶋が返事をする間もなく、車はすでに高速道路に向かっている。

 アメリカ大使館の車に大統領特使と日本のキャリア官僚が一人で同乗することはためらわれた。しかし、ひと言でもアメリカの本音を聞き出しておきたかった。

「俺の日本での役割は終わった。これからは日本の問題だ」

 ロバートは言ったが、そうではないからわざわざ日本に来たのだ。アメリカはかなり深刻に考えているはずだ、と森嶋は思った。

「あのレポートの信憑性については、もっと議論したほうがいいと思うが」

「当然、アメリカじゃやっている。しかし問題は当事国である日本だ。もっと真剣に考えてほしい」

 森嶋は答えることができなかった。自分の範疇を超えている。

 切っている携帯電話の電源を入れるとすぐに振動を始めた。ディスプレイを見ると上司の山根からだ。

 森嶋はそのままポケットにしまった。自分が通訳として、ロバートに同行したことがすでに国交省に連絡されたのだ。

「今後について、大統領は出来る限りのことをしたいと言っている。日本政府もそれに答えてほしい」

「答えろといっても、何をすればいい。すでに首都圏の防災体制は整えているんだ。訓練だってやっている」

「アメリカが、いや、世界が納得できることだ。それによって世界が日本を信じること」

 ロバートは言い切ったが、森嶋が聞きたいのはもっと具体的なことだ。総理も国会で質問を受けながらも考え続けているに違いない。

「大統領は日本になにを望んでいるんだ」

「いずれ、正式な話し合いがもたれる。日本経済崩壊の回避、つまり世界経済が最悪の事態にならないための方法を日米が協力して考えようと言うことだ」

「アメリカはそんなに優しかったのか」

「お前が知らなかっただけさ」

 ロバートはかすかに笑ったが、いつもの快活さはなかった。

 成田に着いて30分後、ロバートはケネディ空港に向かう便でアメリカに飛びたっていった。

 日本滞在時間は10時間に満たない。