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連載経済小説 東京崩壊
【第5回】 2012年3月21日
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高嶋哲夫 [作家]

二つのレポート

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第一章

 森嶋は研究所を出て、切っていた携帯電話の電源を入れた。

 留守番電話が10件以上入っている。半分は山根課長補佐からだ。内容は分かっているので無視することにした。今日はアメリカからの友人につき合うことになっている。ウソはない。考えた末の休みの理由だ。

 メモリーを出してしばらく見つめていた。

 迷ったが優美子の番号を押した。

 一度目は呼び出し音は聞こえるが、出る気配はなかった。しばらくしてかけ直すと、留守番電話になっている。

 そのまま電車に乗り、自宅近くの駅で降りてマンションに向かって歩き始めたとき、携帯電話が鳴り始めた。優美子だ。

〈アメリカのお友達とは裸の付き合いなのね。この寒いのに〉

 通話ボタンを押すと同時に聞こえてくる。

 「謝るよ。彼はハーバードでの友人だ。昨夜遅く、というより今日になって早々日本について、うちで仮眠して仕事に行った」

〈言い訳する必要はないわ。私にはどうでもいいことよ〉

 「事実を言ってるだけだ。絶対におかしな関係じゃない」

〈そんなにむきにならないで。私は気にしないって言ってるでしょ〉

 優美子が笑いをこらえているのに気付いた。

 「知ってるのか」

〈ただの女好きじゃなかったわね。一緒に総理に会ったんでしょ〉

 「誰に聞いた」

〈国交省の友人。省内では噂だそうよ〉

 「通訳を頼まれた。たった10分の通訳。それだけだ」

〈あの男は誰なの。たとえ10分でも総理に会える人って〉

 「国交省ではどう言ってる」

〈若いのが暴走してるって。あなたのことよ。上の人たちはかなり慌ててる。でも、本当のところ何があったの〉

 優美子の声は真剣なものに代わっている。

 「俺だって分からない。通訳を頼まれたのも、きみが帰ってからだ」

〈大統領特使は総理に何を話したの。あなたが通訳した内容よ〉

 森嶋は言葉に詰まった。ロバートは内容を知られたくないために森嶋を使ったのだ。しかしこれでは、知れ渡るのは時間の問題だろう。

 「きみの用はなんだったんだ。早朝から」

 今度は優美子が黙る番だった。しかしすぐに声が聞こえた。

〈あなたが話した地震についてもっと知りたかったのよ。事実なら、放っておけないことだから〉

 「俺もたった今、高脇に会ってきた。気になることがあってね」

〈ねえ、これから会えない。いま、どこにいるの〉

 「今日はまずいだろ。きみまでおかしな眼で見られる。また連絡する」

 森嶋は携帯電話を切った。

 すぐにまた携帯電話が鳴り始めた。優美子がかけ直してきたのだが、無視してポケットに入れた。

 もう一度、ロバートが持ってきたレポートを読み返してみよう。なぜ、彼がこのタイミングで森嶋に会いに来たのか。そして、通訳を頼んだのか。喉の奥に何か引っかかるものがある。

 森嶋はマンションに向かう足を速めた。

 

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高嶋哲夫 [作家]

1949年、岡山県玉野市生まれ。1969年、慶應義塾大学工学部に入学。1973年、同大学院修士課程へ。在学中、通産省(当時)の電子技術総合研究所で核融合研究を行う。1975年、同大学院修了。日本原子力研究所(現・日本原子力研究開発機構)研究員。1977年、UCLA(カリフォルニア大学ロサンゼルス校)へ留学。1981年、帰国。
1990年、『帰国』で第24回北日本文学賞、1994年、『メルトダウン』で第1回小説現代推理新人賞、1999年、『イントゥルーダー』で第16回サントリーミステリー大賞で大賞・読者賞など受賞多数。
日本推理作家協会、日本文芸家協会、日本文芸家クラブ会員。全国学習塾協同組合理事。原子力研究開発機構では外部広報委員長を務める。


連載経済小説 東京崩壊

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「連載経済小説 東京崩壊」

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