どんな大人でも、どんな場合でも子どもを保護する義務がある。

 問題は、テクノロジースキルの習得には、インターネットに触れることが欠かせないという点だ。一般のインターネットからは隔離された環境においてなら、子どもたちは安全にスキルを学べるかもしれない。プールに子ども用の水深が浅い区域があるように、インターネットにもそれに相当する区域があるべきだ。

 子どもたちが次々に生まれ、テクノロジーと積極的に関わるようになり、親や保護者がアドバイスを求めている以上、発達中の子どもに与えるテクノロジーの影響を明らかにする決定的な研究の成果が発表されるのを待つべきではない。

 研究者たちは、長期的な研究が終わるまで、じっと座って待っていてはいけないのだ。それを待つ間に、これまでにわかっていること、情報に基づく意見、専門家の間でのコンセンサスを組み合わせ、世間に発信していかなければならない。

 実際、私は本書を書くことでリスクを冒した。研究者の同僚に本書を書くというアイデアを伝えたとき、やんわりとしたものではあったが、私は軽蔑の念を示された。「そんなことすべきじゃないよ……一般向けの本を出すと、研究者としてのキャリアを台無しにしかねないから」といった具合である。

 本能とは、正しいと予測できる行動をとる傾向のことだ。そして私の場合、その行動とは「常識に従わないこと」だった。そこで私は、本書を書くことを決心した。学術論文を書く際の制約から解き放たれ、「私はこう思う……、たぶん……、もしかしたら……」といった形で、テクノロジーが人類に与える影響を自由に書くというのは、楽しい経験だった。

 もっと重要だったのは、私が懸念を抱いているテーマを、すべて書き留めることができたという点だ。発表後、本書は世界各国で翻訳され、今年は中国やロシアでの出版も予定されている。そして幅広い読者に読まれ、うれしいことに、タイムズ紙の「思考」カテゴリーのブック・オブ・ザ・イヤーに選ばれた。さらには、ネイチャー誌の「ベスト・サイエンス・ピック」にも選ばれた。