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条件が合わないと言われ続け悩む
人材ヘッドハンターの悲しい現実

市川純子 [(財)日本ヘルスケアニュートリケア研究所]
【第9回】

「お見合い」の相性に気を揉む
人材ヘッドハンターEさん(48歳)

人材派遣業界急成長期に
トップセールスに

 Eさんは付属の中学、高校、大学と六大学でも卒業生の結束の固い大学を卒業して、当時はまだそれほど認知されていなかった人材派遣会社に就職した。

 人材派遣業界の法律が整備され、スタッフの保険加入も義務づけられ、派遣社員という言葉が世の中に憧れとともに浸透してきたころだ。

 女子社員は、寿退社が当たり前の時代に、事務のプロフェッショナルをオフィスに派遣する人材派遣のニーズは高まっていった。畳1畳分くらいの大きさのワープロ、大型コンピュータとつながった端末。これらのキーボードを使える派遣社員は人気が高かった。普通のOLが手取り10万円を切る時代に、派遣社員はその倍以上の手取りがあった。

 Eさんは、企業の営業担当でもあり派遣社員を集める立場でもあった。

 丸の内や新宿新都心で、一流企業のOLに、「辞めたらでいいので、ぜひ人材派遣に登録してください」と知り合いに紹介してもらいながら、熱心に説得を続けた。コンピュータやワープロは、一部の一流企業にしかまだ導入されていなかったからだ。

 当時の派遣社員には誤解が多かった。「社員以外の人がオフィスに入ると会社の秘密が守られない」「教育ができない」「高い時給を払ってお茶を淹れさせるのはもったいない」と思っていた企業は多かったようだが、当時の人材派遣スタッフは、一流メーカーや金融機関などを辞めた女性が多く、「働きぶりが今いるスタッフのお手本になる」「ワープロインストラクターになって他の社員を教えてほしい」と次々にオーダーがきた。

 オーダーが来ても派遣社員が十分にいないので常に人手不足。企業からは、人が足りないとクレームを言われる時代が長く続いた。

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市川純子 [(財)日本ヘルスケアニュートリケア研究所]

1961年生まれ。財団法人日本ヘルスケアニュートリケア研究所 所長。広告代理店で大手私鉄の広報を担当。その後PR会社に転職し、医薬品や化粧品分野に携わる。2003 年にJ&Tプランニングを設立。代表取締役に就任。研究や情報の開発も行いヒット商品を数多く手がける。医療健康美容分野の研究のために2010年財団を設立。


気はやさしくて胃痛持ち

失われた20年と呼ばれる日本経済。そんな長い停滞のなかをがむしゃらに、ひたむきに日々の仕事・生活を生きてきたビジネスマンたち。さまざまなストレスに耐えてきたカラダもそろそろ注意信号を出す頃。いろんな職場のいろんなビジネスマンのいろんな悩みと不調を少し悲しく少しおかしく紹介します。

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