翌朝、森嶋は役所に入ると、その足で上司の山根課長補佐のところに行った。

 山根はメガネをずり上げて食い付きそうな目で見ている。

「アメリカ時代の友人に会ったら、総理との会見に連れていかれました。連絡が遅れて申し訳ありませんでした」

 ここまではウソはないはずだ。

 山根はなにも言わず立ち上がり、森嶋の腕をつかむと部屋を出た。部屋中の視線が森嶋に集中していることは明らかだった。

 局長室に入ると、森嶋は思わず背筋を伸ばした。

 ソファーから森嶋を見上げているのは、国土交通大臣の秋山厚志、国交省次官の三河元と総合政策局長の津川勇次だ。

「森嶋君、昨日の経緯を話すんだ」

 山根が急かすように言った。

「とにかく座って。昨日きみは休暇を取っていたそうだね。休暇中は個人の自由だなんてことは公務員には通用しないよ」

 津川は極力平静さを保とうとしているが、声がうわずっている。

 森嶋はロバートの最初の深夜の電話から、突然、通訳を頼まれたことを話した。

「きみは何も知らなかったというのかね。そのロバートという大統領特使が総理に渡したレポートについても」

「私はロバートに見せられて初めて知りました」

「内容は? 当然、きみも読んだんだろう」

 秋山が聞いた。

 森嶋は一瞬、考え込んだ。あれは極秘に属するものだ。

「私は友人の通訳をしただけです。レポートの内容については、よく分かりませんでした」

 誰も信じていないことは明らかだった。しかし、有り難いことに追及する者はいない。ひょっとすると、ここにいる者はその内容をすでに知っているのかも知れなかった。

「これについてはどうなのかね」

 秋山がテーブルの上にファイルを置いた。

「山根課長補佐に相談したレポートです。高校時代の友人に頼まれたものです」

「時を同じくして関連のあるレポート二通が偶然出たわけか」

 秋山が独り言のように呟いた。

「総理に送っておいた。きみが持ってきたと聞いて、関連があるかと思ってね。しかし、それが良かったかどうか」

 森嶋はロバートが持ってきたレポートを思い浮かべた。表紙に〈シークレット〉の判が押してあったはずだ。それがどれほどの意味か知らないが、すでに日本では、公然の秘密になっているのだ。

「きみは大統領特使のロバートと言う男とは、現在も連絡を取っているのか」

「今朝も電話がありました」

 部屋中のものが身を乗り出した。

「今朝と言うと、アメリカからかね」

「ワシントンに着いたと言う連絡です」

「それだけかね」

 秋山の言い方は穏やかだが眼は血走っている。

「アンダーソン大統領に、日本の総理にレポートを渡したことを報告したと」

「大統領と会ったのか。他に何か言っていなかったのか」

「大統領は日本政府に具体的な対策を求めていると言っていました」

 秋山と津川は顔を見合わせた。

「日本発世界恐慌の回避策と言うことか」

「私には分かりません」

 やはり、ここにいる少なくとも3人はロバートが総理に渡したレポートの内容を知っている。山根のみが目をぱちくりさせている。

「来週、ハドソン国務長官が北京訪問の帰りに、日本に寄ることになっている。今回のロバート氏の総理訪問はその準備だと聞いている。当日は様々な重要事項が話されるが、事前にできる限りの用意を整えておきたい。森嶋君も協力をしてくれたまえ」

 秋山は慇懃な口調で言うと、出ていくように目で合図をした。