「これで我々の仕事の有効性が少しは分かってもらえたかな」

 村津は両手で机の端を握り、身体を支えながら言った。

 それから10分ほどチームの組織について話した後、村津と遠山は部屋を出ていった。

 ドアが閉まると同時に空気が緩み、一斉に声が飛び交い始めた。

 「ホラ吹き村津のホラ話だ。誰が信用するっていうんだ」

「どういう意味だ、それは」

「言葉通りさ。前回もホラを吹きすぎた。その結果、彼は閑職に追いやられ、退官する羽目になった」

「閑職と言うのは?」

「俺たちのいる場所と同じだ。夢物語を語るところだ」

 ため息交じりの声が聞こえる。

 「でも、今の地震はなんなんだ。かなり強かったぞ」

「いつもの地震よ。すぐに収まったでしょ」

「東京直下型の大地震の予兆かもしれないぞ。だから首都移転もただの空絵ごとじゃないかも知れない」

「確かに、彼の言ってることにも一理ある。東京はかなり危険な都市であることは確かなんだ。これは世界が認めていることだ」

 しばらく沈黙が続いた。

  テーブルの上の資料を読み始める者、ただ眺める者、ぼんやり考えている者、じっと目を閉じている者、異様な沈黙が漂っていた。

「チームを抜けてもお咎めなしってのは信用できるか」

 やはり千葉が、誰にともなく言った。

「そう言うんだから、そうじゃないのか。こんなの単なる政治家の気まぐれだよ。どう考えても現実性はない」

「その政治家の気まぐれで俺たちの人生が左右されたらたまらないぜ」

「おい、森嶋。このプロジェクトを発案したのはお前だってな。お前は残るのか去るのか。もちろん、残るんだろうな」

 森嶋は頷かざるを得なかった。横で優美子のため息が聞こえる。

 千葉が立ち上がって、森嶋の前に来た。

 いつの間にか再び森嶋の周りには部屋中の者たちが集まっている。

「その根拠は何なんだ」

「総理とアメリカの国務長官との通訳をやったっていうのは、お前か」

 どこまで話すか考えをまとめていると、外務省の男が聞いた。

 森嶋は経緯を話した。やはり彼らには知る権利がある。

 全員が静まりかえって聞いている。

 「アメリカの圧力がかかっているというのか。そんなこと聞いていないぞ」

 外務省の男だ。

「準備室の試算だと首都移転には少なく見積もっても数兆円の移転費用がいるとなってる。このご時世に、そんな金がどこにあるんだ。そんな無駄を国民が黙ってるはずがない」

 財務省の若手が同意を求めるように優美子の方を見た。優美子は思案顔をしている。

「全くの無駄ってことはないだろう。経済のかなりな刺激になる。考えようによっては一石二鳥、三鳥の効果を生み出すことができるかも知れない」

「俺は残ろうかな。元に帰ってもどうせ局長止まりだろうからな。次官にはどう考えても難しい」

「俺は嫌だね。どうせ、1、2年したら解散が落ちだろ。それから省に復帰しても、椅子なんてないぜ。同年次組は百歩くらい先を走ってる」

「ここにいるのは各省庁の選り抜きばかりじゃなかったのか」

「何ごとにも例外はあるさ。それより本当の次官候補をこんなところに出すはずないだろ」

「確かにそうだ。俺たちはどうすればいいんだ。誰かはっきり言ってみろ」

「渡された資料を読んで、自分で決めるのさ。簡単なことだ」

「今日は定時に帰る。家でゆっくり考えるさ」

 千葉がやけのように言って席に戻っていった。