「どうぞ」と言われてお部屋に入ると、デスクには書類の山。仕事中なのがわかった。
「お待たせしました。何かご不便がございましたか?」
「いや違うの、目覚ましをセットしたいんだけど、やり方がわからなくて」
 そう恥ずかしそうに笑った。でも、このご要望、ホテルでよくあるものなのだ。
「差しつかえなければ、モーニングコールいたしましょうか?」
「あ、お願い! でも念のためにセットしたいわ」
「何時にセットしますか?」
「6時でお願い」
 6時!
 すでに残り4時間しかない。

 それでも仕事をするんだ、と内心思いながら、ボクはタイマーをセットした。
「ありがとう! 助かったわ! こんな時間にごめんなさいね。お取り引き先がこの近くだから、急遽ここに泊まることにしたのよ」
「失礼ですが、お休みの時間は取れるんですか?」
「多少はね。でも好きなことをしているから、あまり気にならないの」
「実は先日、お客さまのお話をテレビで拝見したんです。大変なご苦労があったと知ってビックリしました」
「観てくださったのね。お恥ずかしい。でも、ま、人生いろいろあるわよ。苦労はついてまわるものだから、それを気にしたって仕方ないの」

 苦労はついてまわる。
 占い師の大城さま(仮名)も同じこと言っていたな。
 成功できたら苦労なんてしないと思ってたけど。

「不躾な質問ですが、成功の秘訣ってありますか?」
 また出てしまった。ボクのよくないクセだ。相手は忙しいのに。
「気がついたらこうなっていただけ。流れよ、流れ」
「マーケティングとかブランディングとか、ビジネス理論なども勉強されたのですか?」
「勉強というほどではないわね。それは知っている人に聞けばいいから。強いて言えば、ルールを知ることね」
 ルール? どんなルールだ?
「それは、儲けのルールですか?」
「ううん、そこに最初に目がいってはダメなの。まず大切なのは、業界のルールを知ることよ。すべてはそこから。
 気持ちやアイディアばかり先行して、業界のルールを知らないで失敗することが多いのよ」

 へええ! 面白い!

「これまでいろいろな仕事をしてきたし、今はいろいろな相談が来るけど、私はとにかく現場や業界のルールを知ることを大切にしているの」

 ここで突然、頭の中におじいの声が響いてきた。

おじい「タイチ、遅い時間に女性の部屋に長居するのは失礼だぞ」

 あ、確かにそうだ。
 おじいの言葉が頭の片隅に落ちてくる。しかも、ちょっと小声で。