やはり答えにはほど遠いが、それだけ言うのがやっとだった。しかし日本政府には、こういう問題で、外部に対して積極的に働きかけるという習慣はないだろう。せいぜい発表後に、遺憾の意を述べる程度だ。
「いますぐに連絡したほうがいいんじゃないか。その上司には」
〈悪い印象を持たれたくない。分かるでしょ〉
森嶋も同意見だった。深夜の電話は、内容にかかわらず神経を疲れさせる。
現在の状況も深夜の電話から始まったのだ。
電話を切ってから横になったが、ますます眠れそうにない。
結局、その夜は眠れず、朝、優美子からメールが入っている。
30分早く出かけ、国交省近くのコーヒーショップで会った。
店には優美子も赤い目をして座っていた。やはりあれから、一睡もしていないのだろう。
「上司には話すのか」
「あれからずっと考えてる。なんて言えばいいのよ。出所を明らかに出来ないんでしょ。あなたも、話すの」
「同じ意見だ。これ以上、評価を下げられたくない」
2人で相談した結果、理沙の考えを聞くことになった。
森嶋は理沙の番号を出して押した。
〈ただいま電話に出ることができません……〉
「まだ寝てるんだろ。夜中飛び回ってそうな人だから」
携帯電話を切って、1分もたたない間に携帯電話が鳴り始めた。理沙だ。
〈あなたからの電話って珍しいわね。なにか大きなニュースなの〉
森嶋はインターナショナル・リンクが日本と日本国債のランクを下げる決定をしたことを話した。
〈そんなことは自明の事実よ。ニュース価値ゼロね。そんなことでいちいち電話してくるから日本の官僚はダメだって言われるの。発表がいつか、日時付きなら聞く耳を持つけれど〉
「一気に2段階と言うのもですか」
〈ちょっと待って、1分後にかけ直すから〉
電話は一方的に切られた。
「彼女、もう知ってたの」
「君と同じさ。2段階というのは想定外だったらしい」
ちょうど、55秒後に携帯電話が鳴り始めた。
〈周りが他社の記者だらけだったの。2段階引き下げのニュースソースは〉
「言えないんです。アメリカ政府に近い僕の──」
〈あなたが総理との通訳をしたハンサムさんね〉
「僕は何も言ってませんよ」
〈いつ電話があったの。この時間に私に電話してくるってことは、昨夜から未明にかけてね。一晩考えて、この情報をどう扱っていいか分からないから私に電話してきた〉
「やはり2段階と言うのは衝撃的なんですか」
〈1段階ずつ二度に分けて発表するか、一度で済ませるかの違いでしょ。衝撃度としては一度の場合ね。もう、上司には言ったの。私に電話してきたのをみると、まだ言ってないわけか。確かに、ニュースソースを明かさなきゃ上司は信用しない〉
「正直、図星です。理沙さんの新聞で取り扱えますか。日本にとって重要な情報です。放ってはおけなくて」
〈難しいところ。ニュースソースがはっきりしないからね。時期的なことも分からないし。ウラ取りも難しそうだし。新聞発表するにしても、日本政府にも準備ってものがいるでしょ。突然、新聞でドカンとやられたら為替も株価も大混乱よ。私だって自分の特ダネより日本のことを考えるわよ〉
「どうすればいいんです」
〈なんとかしてあげる〉
携帯電話は切れた。
森嶋は、横で耳を付けて聞いていた優美子と顔を見合わせた。
(つづく)
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