あるメディアから「AIJ投資顧問の社長は、損が出ているのに、どうして投機的な運用をしたのか」と質問された。あらためて考えると、運用実績をごまかして配当を続けるつもりなら、余計なリスクを取らぬほうが運用財産の毀損は少なく済み、不正が発覚しなかった場合には会社を長持ちさせることができたのではなかったか。

 しかし、損をするとむしろ、より大きなリスクを取りたくなるのが凡人の性だ。行動経済学で有名なD・カーネマンのプロスペクト理論でも、人間は損をすると、よりリスク愛好的になると仮定されている。確かに、そうだった。AIJの社長もそうだったのだろうし、AIJにお金を任せていた年金基金の多くは財政的に苦しい事情を抱えていた。

 本当は、彼の努力で損が取り返せるわけではないのだが、AIJの社長には自分の努力が事態の改善につながるはずだというオーバーコンフィデンス(自信過剰)も働いていたに違いない。

 行動経済学的には、困った普通の人が、手負いの凡庸なギャンブラーにお金をつぎ込んでいた。情けないがありがちな構造の事件だ。

 ファンドマネジャーも、ライバルとの運用競争で「負けている」と意識することがある。この場合、何が理由で負けているのかを把握する前に、プラスの得点を上げるためにリスクテークを拡大するとうまくいかないことが多い(必ずしも理論的ではないが、経験的に)。投資信託では、相手のファンドと自分のファンドの基準価額の動きを見ながら、その差の理由を探る。こうしながら、自分の側で「現状」ないし「無難」な状態をキープしていると、相手が失速することが多いような気がするが、このあたりの機微を一般化することは難しい。必要なのは、負けを意識して、これを早く回復しようとして日頃よりも大きなリスクを取りたくなる誘惑を意識的に抑え込むということだ。