高脇から電話があったのは森嶋がマンションに帰り、ドアが閉まったときだった。

 いつもと同じ、ぼそぼそした話し方だが声のトーンが違っている。

〈今、能田総理の秘書官から電話があった。会って話したいそうだ〉

「彼らもやっと君のレポートを本気で取り上げる気になったんだ。会うのはいつだ」

〈明日の朝、官邸で。僕はそんなところはどうも苦手でね。だからきみと一緒にいくと言っておいた。きみしか思い浮かばなかったんだ。1人だと何も言えなくなりそうだし、きみはそういう場所にも慣れてるんだろ〉

「なんでそう思う。それに俺だって仕事がある」

〈きみなんだろ、あの論文を総理に見せてくれたのは。きみの名前を出したら、すぐに分かったようだ〉

「俺は上司に見せただけだ。それが総理に届いた。やはり、論文にインパクトがあったからだ」

〈とにかく明日は一緒に行ってくれ。大学まで迎えの車が来るそうだ〉

 待ち合わせの時間と場所を言って、電話は切れた。

 おそらく高脇と会うのは、発表を見合わせてほしいという話だろう。科学者にとって、自分の研究成果が制約を受けるのは許されることなのか。森嶋には分からなかった。

 終話ボタンを押した途端に再び鳴り始めた。

 しばらく考えてからボタンを押した。思った通り、総理秘書官からだった。

〈明日、東都大学の高脇准教授が官邸に来られます。その折りご同行願えませんか〉

 すでに森嶋の上司である村津の了承は取ってあることを告げてから言った。

 森嶋に断る理由は見当たらなかった。

                              (つづく)

 

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