無敵の零戦を封じ込めるために
米軍が行ったこと

 また、戦史からはイノベーション創造の仕組みも見え隠れしています。

 零戦は1940年の登場時に中国戦線へまず投入されましたが、当初は圧倒的な性能差で無敵と言えるほどの優秀さを発揮します。初陣の日中戦争では、昭和15年7月から翌年9月までの期間に第12、第14空零戦隊で合計撃墜数103機、地上撃破163機、一方で零戦の被撃墜はほぼ皆無という驚異的な戦果でした(『零式艦上戦闘機』/学習研究社より)。

 日本海軍の零戦は(一時期ですが)、米軍が唯一、一対一で遭遇した場合は逃げてもいいと味方パイロットに通達していた戦闘機だったのです。

 しかし1942年7月、不時着した零戦がほぼ無傷で米軍に鹵獲(ろかく)され、アメリカ本国でさまざまな性能テストが行われてから状況は大きく変わります。

 軽量さゆえの「旋回性能」が極めて優れているという結果等を得て、米軍の零戦対策は一気に進化します(ただし、ミッドウェー作戦、珊瑚海海戦を含めた空戦で、米軍側は段階的に零戦への戦闘法を改善していたことも指摘されています)。

米軍は零戦と同じ「軽さ」
「旋回性能」を追求せずに圧勝した

 軽量さゆえの高い旋回性能を持つ零戦の「強み」を理解したときに、米軍はさらに軽量で旋回性能の高い戦闘機の開発を目指したでしょうか?

 徹底的な分析で、米軍は日本の零戦の「強み」を真似したでしょうか? 軽量化のために防弾装備をなくし、空戦性能を極めた戦闘機を設計したでしょうか?

 いいえ、違います。

 米軍は零戦の中に内在する「強み」を分析し、その強みが発揮されない「新しい強み」を戦場に導入して勝利を収めていくことになります。例えば、以下のような、零戦に対して優位となる「新しい強み」を生み出したのです。

・零戦1機を2機編隊で攻撃する「サッチ・ウィーブ戦法」
・大馬力エンジンでの高速、高防弾の「新型戦闘機F6F」
・零戦が「左の急旋回」が苦手であることによる回避方法
・「最新のレーダー」を使う待ち伏せ方法
・近くをかすめるだけで撃墜できる「VT信管」

 また、零戦対策と似ているものに、日露戦争以降、日本軍の十八番と言われた「夜襲」への対策が挙げられます。日本兵は夜襲のとき、地下足袋を履くことで音もなく近づき、闇の中で米兵が気づいたときには、暗がりのほんの数メートル先にいるような神出鬼没さで当初、米軍を驚嘆させました。

 では、米兵も同じように地下足袋を履いて、音をたてないように近づいて日本軍に夜襲をかけたでしょうか。

 いいえ、違います。

 米軍は照明弾や曳光弾(夜間に弾道が光る)、鉄条網、集音器などの武器、装備を徹底することで、夜襲そのものが機能しない状況をつくり上げて日本軍を圧倒したのです(第2回で紹介したガダルカナル作戦はその典型例です)。

 重要なポイントは、米軍が日本軍と同じ指標を追いかけていないことです。彼らは日本軍と同じ指標(強み)を追いかけるのではなく、新しい指標を戦場に導入することで「圧倒的な」勝利を生み出しているのです。