世の中には、惚れっぽい人間と、野心家と、観察好きと間抜けという四種類の人間がいて、そのうちでもっとも幸福なのは間抜けである――、とイポリット・デーヌはその著書『フレデリック=トマ・グランドルジュの生活と意見、パリ覚え書き』に綴った。 
 

 モテルヤツノ人生は十三歳で決まる――、これが私の持論だ。

 モテルヤツは、あるいは“人気のあるやつ”と置き換えてもいいのだが、その人が生涯にわたってモテル人生を送るか、はたまた女性にモテるという喜びとは無縁の人生を送るかの“分岐点”は、十三歳のときに訪れる。

 私にはそんなふうに思えてならない。

 周囲を見渡して、こいつはモテるねと思う友人、こいつは人気者だなと感じる友人は、十三歳の分岐点で、本人が意識していようがいまいが、無意識のうちに“モテる”コースを選んできたとしか思えない節が感じられるからだ。

 十三歳という年齢は、中学校にあがる年でもある。私は新潟県の郡部で育ったから中学校は町立だった。たいへんな山の中で、一学年に一六〇人ちょっとしかいない小さな中学校だ。それでも分岐点はある。

 私が出た中学校のような町立にかぎらず、市立、区立、都立、県立……、たいがいの中学校は近隣の小学校から生徒が一堂に集まるはずで、入学して初めて出会ったり友だちになる人も少なくないと思う。

 それはすなわち、初めて知りあう“異性”も少なくないということでもある。
  ましてや十三歳。思春期の入り口に立ったばかり。

 ありていに言ってしまえば色気づく年頃なのだが、そのとき、異性を意識するか。
  異性の目を気にするか――、これが、十三歳の分岐点だ。

 異性を意識し、異性の目を気にする男性は、そこからモテる人生の“訓練”を始めるのである。