背中を丸め肩を落として改札を通っていく高脇の後ろ姿を見送ってから、森嶋は国交省に行った。
部屋では相変わらず単調な作業が待っているだけだった。
その日、やはり定時に帰宅の用意をしていると千葉が寄ってきた。
「お前はこのままこんなことを続けるつもりか」
「先輩たちが10年以上かけて調べ上げた資料だ。たかが1週間勉強したくらいじゃ、とても追いつけないだろ」
「俺は今日限りでここを辞めるつもりだ。元の上司にも意向は伝えてある」
千葉は森嶋の目を見て言った。
「チームリーダーが言ったこととは違ってる。新しいことどころか、過去の遺物の整理ばかりだ。お前は不安にはならないのか」
「その過去の遺物を俺たちはまだ十分に理解できていない。理解することが先決だろう」
「じゃ、お前はここで時間と人生を無駄にするんだな」
千葉は森嶋の肩を叩くと部屋を出て行った。
優美子が森嶋を見て、肩をすくめて行ってしまった。
森嶋がマンションに帰る途中、携帯電話が鳴り始めた。
〈ついさっき大学から電話があって、僕の教授昇格が決まったそうだ〉
ボタンを押すと同時に、高脇の多少上ずった声が聞こえてきた。
「よかったじゃないか。かなり早いんだろ」
〈異例だよ。おまけにこの時期に。周りのものも驚いてる。でも、断ろうと思うんだ〉
「バカ言うな。黙って受ければいいんだ。きみはそれだけの研究成果を上げているってことだ」
〈きみにだって分かってるはずだ。政府が大学に手を回したんだ。口止めと引き換えだよ。きみに言われて、僕も発表はやめようって思い直したところなんだ。こんな発表をしたら大騒ぎになることは、僕にだって分かってる。政府の準備が出来てからでもいいんじゃないかってね。ところが、この話だ〉
「だったら、有り難く受けておけばいいじゃないか。こんなチャンス二度とないぞ」
〈冗談言うな。明らかに口止めだぞ。政府って、こんな露骨なことをするのか〉
しゃべるにつれて、高脇の声は大きくなった。興奮が森嶋にも伝わってくる。