仕事のアウトプットの質は時間に比例するので、生産性の向上を目指す行為は完成度を下げる。あなたは、そんな考えを持ってはいないだろうか。だが、仕事の時間と質は必ずしも比例しないどころか、質を低下させる一因にもなりかねない。本記事では、時間をかけるほどいい仕事ができるという主張の“嘘”を暴き、ビジネスパーソンにとって生産性の向上が必須である事実が示される。


 より生産的な生活を送ろうとしても、私たちの信念がそれをジャマすることが、しばしばある。

 そんな信念の1つが、「生産性を高めたり、自分の時間を最大限に有効に使ったりすることは、仕事の質や完成度を下げる」いうものだ。当社は、ビジネスプロフェッショナルが生産性を高める行動様式を身に付けるためのオンラインプログラムを手がけているが、参加者の約半数が以下の記述に同意した。「仕事をより短時間でこなすことはできるが、そうすると仕事の質が下がる」

 こんな経験はないだろうか。午後5時半。あとはメールの「送信」をクリックして納品すれば帰宅できるというところまできた。しかしあなたは、少しなら残業しても構わないと思い直し、さらに30分かけて納品前に何度目かの確認をする。

 残業した30分間で、結果はそんなに違っただろうか。もしかしたら違ったのかもしれない。だがむしろ、仕事の質に自信が持てるようになった、というほうが大きいのではないだろうか。こんなふうに私たちは、仕事に時間をかけるほど仕事の質は上がると考えがちだ。

 しかし、作業の時間の長さと質の高さは必ずしも比例しない。それどころか、残業したり、1つの作業に過度の時間を割いたりすることはパフォーマンスの低下を招き、結果的に作業の質も落ちていく。

 さまざまな調査によれば、週の労働時間が50~55時間を越えると、認知パフォーマンス(たとえば、感情知能のスキルや、論理的思考から問題解決を導き出す能力など)が下がり、仕事へのエンゲージメントも低下し、その結果、質が悪化することが分かっている。これは何も今に始まったことではない。米自動車メーカーのフォードの創始者ヘンリー・フォードが、週の労働時間を48時間から40時間に削減した直接的な目的は、従業員のミスを防ぐためだったと言われている。自動車業界に限らず、他のさまざまな製造業界でも、成果や質を保ちながら労働時間の削減に成功した事例は多々ある。

 さらに、大手コンサルティング会社が行った調査では、上司が週80時間働く部下と週50~60時間働く部下との間で、その仕事の出来の違いを見分けられないとの結果が出ている。つまり、作業時間の差は、客観的には認識されない可能性が高いのである。

 個々のタスクについても同様である。1つのタスクにかける時間を長くしたからといって、その結果がよくなるとは限らない。たとえば、長くて複雑なメールを書いても、多くの場合は読んでもらえない。時間をかけて選択肢を考えても、選択肢が多すぎれば適切な決定を下すのが難しくなる

 時間をかけた分だけ質が上がるというという信念を暗黙のルールにすると、仕事は底なしに増えていく。そして最終的には、あなたの時間は仕事で埋め尽くされ、「生産性を上げることがワークライフ・バランスを改善する」という望みは消えてしまう。

 当社の研修プログラムのある参加者は、「仕事を早く終わらせても、その分ほかの仕事を振られるだけ。だったら、仕事を早く終わらせる意味などあるのだろうか」と嘆く。こうしたネガティブなサイクルを断つには、質の高さが作業時間の長さに比例するという発想を、やめる必要があるだろう。