森嶋は歩きながら辺りを見回した。高層ビルに囲まれた一帯だ。見る限りでは建物に大きな変化はみられない。しかし路上には人がうずくまり、建物からの落下物の欠片が散乱している。
「震源は東京都北部。震度6弱。池袋周辺と渋谷で火災が発生してる」
横をラジオを聞きながら歩いている男が声に出して言った。
辺りの騒然とした様子に比べて、被害はさほど大きくはなさそうだ。しかし、しばらく余震は続きそうだ。
地下鉄への降り口からはひっきりなしに人が上がってくる。現在、この東京の地下には何百両もの電車が止まっていて、その中には何千、何万人もの乗客が閉じ込められているのだ。
新宿駅に近づくにつれて人が多くなってくる。
人々は車道にまではみ出して歩いている。衝突したり乗り捨ててある車を何台も見かけたが、走っている車はほとんど見当たらない。
救急車と消防車がサイレンを鳴らしながら通りすぎていく。
「今度は誰に電話してる」
「財務省よ。まだ半分以上の人が残っているはずなの」
「きみの現在の部署は国交省だろ。まあ、どっちでもいいけどね」
新宿駅は人で溢れていた。
改札口の前には駅員が立ち、電車は全線動いていないことを告げている。
「地震のため現在、都内の電車、バス、すべての交通機関は運転を見合わせています。復旧の目処は立っていません」
駅員はマイクで繰り返している。
構内の時刻表は消え、薄暗かった。
東口に続く地下通路は、新聞紙や雑誌を敷いて座り込む人や横になる人で溢れている。早々と帰宅を諦めた人たちだ。
タクシー乗り場を見ると、行列というより人で埋まっている。
「どうする。この調子じゃ何時間かかるか分からないぞ」
「何時間かかっても、私は行く」
森嶋は説得を諦めて優美子に並んで歩き始めた。