橘玲の日々刻々 2018年6月21日

"影響力"に重要なことは、技術よりも下準備だった
[橘玲の日々刻々]

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 ヒトは徹底的に社会的な動物なので、あらゆる場面で他者(共同体)から影響を受けている。社会学者ロバート・チャルディーニはそれを証明するために、さまざまなセミナーに参加したり、セールスの現場に潜入したりして、“影響力”がどのように行使されているかを調査した。

 もちろんそれまでも、誰もが漠然と“影響力”の存在に気づいてはいたが、詐欺と紙一重の世界で、それを論ずることは「いかがわしい」とされていた。だからこそ影響力をはじめて「科学」したチャルディーニの『影響力の武器』は世界的なベストセラーになり、その後はマーケティングなどに広く利用されるようになった。

 じつは1984年に『影響力の武器』を著してから、その大きな反響にもかかわらず、チャルディーニは単著を書いていない。その理由を本人は「じつは、単著にするほどの大きなアイデアを持ち合わせていなかった、というのが本当のところです」と説明する。その間に何冊かの共著を出しているが、それは「『影響力の武器』という一本の大きな木の周りに低木を植えていく作業」だったのだ。

 そのチャルディーニが33年ぶりに満を持して世の問うたのが『PRE-SUASION(プリスエージョン)影響力と説得のための革命的瞬間』だ。この新著では、説得(PERSUASION)の前段階(PRE)、すなわち「下準備」に影響力の秘密を探っていく。

8つの説得の原則

 PRE-SUASIONを説明する前に、PERSUASION (説得)の原則をざっとまとめておこう。優秀なセールスマンは(カルトの指導者も)これらを効果的に組み合わせることで、とんでもない営業成績を達成したり、信者の洗脳に成功したりする。――チャルディーニは「影響力の武器」を(1)から(6)までとしており、(7)と(8)は付随的なものだ。

(1)返報性(互酬性)「なにかしてもらったらお返しをしなくてはいけない」という人間社会に普遍的な規則・習慣。カルト宗教団体の募金活動では、通行人の手にいきなり花を押しつけたり、ピンで上着にとめたりする。いったん花を受け取ってしまうと、通行人は1ドルか2ドル渡す以外にその場を離れることができなくなる。

(2)好意 自宅でホームパーティを開き、タッパーウェアなどを販売する商法が一時期大成功を収めたのは、友人の「好意」を断ることができないからだ。ひとは自分に似た相手に好意を抱くので、スーパー営業マンは絶世の美女や白面の美男子ではなく、誠実そうで平凡な容姿をしている。

(3)社会的証明 「みんながやっていることに無条件で従う」のは、集団をつくる動物が進化の過程で、盲目的に群れと同じ行動をとることを生き延びるための最適戦略にしたからだ。ベストセラーやヒット曲が生まれるのも同じで、みんなが読んでいる本や、みんなが聴いている曲は、それだけでさらに多くのひとを引きつける。このようにして『ハリー・ポッター』のような超ベストセラーが誕生する。

(4)権威 医薬品のコマーシャルには白衣を着たタレントがしばしば登場する。とりわけそのタレントがテレビドラマで医師の役を演じていたりすると、CMは素晴らしい効果を発揮する。視聴者は、彼が専門家の振りをしていることをよく知っているにもかかわらず、その商品を権威ある医師が勧めたものと錯覚する。

(5)稀少性 仕入れたダイヤモンドが売れなくて困っていた貴金属商が破れかぶれで価格を大きく引き上げたところ、たちまち完売してしまった。私たちは、稀少なものには価値がある(価格が高いのは稀少だからだ)と無条件に思い込むようにできている。

(6)コミットメントと一貫性 社会のなかで生きていくためには、約束を守ったり、言動に筋が通っているのはとても重要だ。会うたびにいうことが違うようでは、誰も信用してくれない。これが「いちど決めたことは取り消せない」という法則で、先にささいなことに同意してしまうと高額の商品を断れなくなる。

(7)コントラスト効果 新車を買うと、カーステレオやカーナビ、アルミホイールやスポーツタイヤを勧められる。どれも高額商品だが、車本体の価格と比べると割安に感じられるので、ついつい財布のひもがゆるんでしまう。

 中古車ディラーでは、最初に魅力のない車を何台か見せておいて、その後に割高だがそこそこの車を案内する、という方法もよく使われる。宝石店やブランドショップでは逆に、とうてい手の届かない高額商品を最初に見せて、クレジットカードの分割払いならなんとか買えそうな商品を勧める。

(8)勝者の呪い 景気が過熱すると、絵画や骨董品、不動産からワールドカップの放映権までさまざまなモノが経済合理性を超えた価格で取引されるようになる。ひとの欲望が最高潮に達するのは他人と競争しているときで、バーゲン品に群がる主婦からMBAを持つ百戦錬磨のビジネスマンまで、「誰かがそれを欲している」というだけで、セリに出された商品(粗悪な洋服や赤字だらけの会社)にものすごい価値があると錯覚してしまう。

 

説得の達人がしていることは入念な下準備だった

 チャルディーニは、調査のため営業などの現場に潜入したとき、ひとつのことに気づいたという。あらゆる業界でエースと目されるひとたちが多くの時間をかけていたのは、わかりやすさや論理性といった「説得」の技術ではなく、その前に何をして、何をいうかの入念なつくりこみだった。説得の達人を達人たらしめるのは下準備、すなわち受け手がメッセージに出会う前から、それを受け入れる気になるようにする戦略なのだ。

 その具体例として、チャルディーニは知人のコンサルタントの例をあげる。彼は何年も、見積もりに対してクライアントから10~15%の値引きを要求されることに悩んでいた。その分の金額を上乗せしておくことは彼の性に合わず、値下げを拒否すれば仕事を失うことになる。

 だがあるとき、彼は妙案を思いつき、それ以降二度とこの問題に煩わされることがなくなった。その方法はものすごくシンプルで、顧客が見積もり(7500ドル)を見る直前に「おわかりでしょうが、このサービスで100万ドルをいただくわけにはまいりません」というジョークを挟んだだけだ。すると不思議なことに、どのクライアントも「では、この金額に同意しておきますかね」というのだ。

 これは行動経済学でいうアンカリングの応用で、たとえジョークであっても、最初に100万ドルという大きな金額を聞かされると、それがアンカー(碇)になって、7500ドルという見積もりの金額がものすごくお得に感じる。こうしてクライアントは、ディスカウント交渉をする気をなくしてしまうのだ。

 もうひとつの例はジムという男で、非常に高価な家庭用熱感知型火災報知器のトップセースルマンだ。

 ジムは、見込み客の自宅への訪問で、信頼を勝ち取る独特のテクニックを使っていた。それは火災報知器の実演やセールストークとはなんの関係もなく、見込み客がテストを始めるのを待ってから、「あちゃー、大事な資料を車に置いてきてしまいました。でも、テストの邪魔をしたくないので、自分で行ってきていいでしょうか?」と訊ねるのだ。ほとんどの見込み客の夫婦は「もちろんどうぞ」といって、オートロックのドアの鍵を渡す。

 この場面が繰り返されることに疑問をもったチャルディーニが理由を訊いても、ジムはなかなか教えてくれなかったが、あるとき口をすべらせた。ジムはいった。

 「考えてみろよ。誰なら家の玄関を勝手に出入りさせる? 信頼してるやつだけだろ? オレは客と信頼のイメージで結びつきたいんだ」

 大切な家の鍵を渡すことで、見込み顧客は無意識のうちにジムを信頼する。そのため、資料を抱えて戻ってきたジムが勧める高価な商品を喜んで購入してしまうのだ。


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橘 玲(Tachibana Akira) 作家。1959年生まれ。早稲田大学卒業。「海外投資を楽しむ会」創設メンバーのひとり。著書に『お金持ちになれる黄金の羽根の拾い方』『(日本人)』(幻冬舎)、『臆病者のための株入門』『亜玖夢博士の経済入門』(文藝春秋)、『黄金の扉を開ける賢者の海外投資術』(ダイヤモンド社)など。
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